2024年
11月号

映画をかんがえる | vol.44 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化人

先日、気晴らしになる映画を探しに、近くの映画館にふらりと出かけたら、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24年)なんていう大袈裟なタイトルの映画が公開中だった。アメリカの大統領が憲法を無視して独裁政治をするので、いくつかの州が独立して同盟軍を結成して、政府軍と内戦になるパニックものだ。確かに、今の大統領選の行く末を窺っていると、こんな“恐怖映画”が作られてもおかしくないと思った。でも、イスラエルの戦争のニュースばかり見せられていると、さすがに戦争映画には気が向かず何も観ないまま、『リトル・ワンダーズ』(24年)という“子ども映画”のチラシだけ持って帰った。
“子ども映画”とは、10歳前後の子どもたちが大人の知らない世界で色々やらかす映画のことだ。そのチラシには、「ブルーベリーパイを買いに行った悪ガキ3人組が、魔女が率いる謎の集団に遭遇したことから大騒動になるアドベンチャー映画」とあった。こういう無邪気な子どもの話は久しく観ていない。でも、こういう映画が実は一番気晴らしになるし、疎ましい現実も忘れられる。映画の本質は子ども映画にあるのかも知れない。大人でも誰でも一瞬に子供の感情に同化できるからだ。今から60年以上前か、毎週、テレビで観ていたアメリカのTV映画、『ちびっこギャング』(61年)を思い出した。そばかす小僧のアルファルファ、閃きの天才スパンキー、黒人少年バッキート、愛犬ピートらが繰り広げる奇妙奇天烈な夢の世界は、時を忘れさせてくれたのだった。
ついでに思い出すのは、60年代のテレビ普及期に貪るように見た日本製の子供向け実写ドラマだ。どれもこれもが奇っ怪な世界が描かれて、子どもは真剣に見入ったものだった。『少年ジェット』(59年)では、ブラックデビルという性格のねじ曲がった悪党が毒入りのお菓子を持って子どもの前に現れたり、容赦ならない展開だった。ボクは、そんな16ミリの白黒フィルムで撮られたテレビ映画たちに、善悪、友愛、憎悪、孤独や悲しみを教わった。『七色仮面』(59年)や『まぼろし探偵』(59年)などに現れた悪党にも感情移入できたのは、彼らも一人の人間として描かれていたからだ。
ところで、1992年になってからのボクの映画ノートには観た作品のメモが殆ど見当たらない。たった一作、『JFK』(92年)とだけ記されている。ケネディ大統領暗殺事件の真相を追う地方検事の話だが、台詞の洪水と画面展開が忙しすぎて、話についていけなかったのを憶えている。映画はどれだけスリリングにカットを刻んで並べても客を混乱させてしまっては話にならない。この年はどうやら、ボクの心を突き刺す映画は一本もなかったようだ。自分の作りたい映画も企画倒れに終わるばかりでカラオケビデオやⅤシネマの仕事に追われて映画館に行く暇がなかったのも確かだが、ボクを励ましてくれる、明日の栄養になる映画はなかったようだ。劇場に足を運ばなくなるのもこの頃からだ。邦画は「寅さん」や「ゴジラ」シリーズにしか客が集まらず、洋画も話題作、問題作がなくなり、興行界は沈んでいたようだ。
93年の初め、イタリアのフェデリコ・フェリーニ監督が逝去した。彼の作品は高校の頃から見ていたが、どれも小難しかった。ボクが感動したのは『道』(57年)という作品だ。頭は弱いが優しい娘ジェルソミーナと狡猾な大道芸人ザンパノがオート三輪で旅をする話だ。途中でサーカス団と合流し、綱渡り芸人を殺してしまったザンパノは彼女も棄てて去ってしまう。人間の孤独をここまで捉えた映画は他に知らない。
この年に観た映画も『許されざる者』(93年)、これ一本だ。C・イーストウッドが監督主演した最後の西部劇だった。主人公の無頼者が、田舎町を権力で牛耳る保安官(ジーン・ハックマン)一味に黒人の相棒をなぶり殺しにされたので復讐に出るラストは圧巻だ。観終わって映画館を出ると小雨が降っていたが、とても清々した気分で、夜の街を濡れて歩いたのを憶えている。この映画は紛れもなく、ボクに生きる希望をくれたのだった。


PROFILE

井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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