6月号
神大病院の魅力はココだ!
Vol.21 神戸大学医学部附属病院 脳神経外科 篠山 隆司先生に聞きました。
脳の健康が損なわれると、体のいろいろな場所に症状が出て生活に支障を来すだけでなく、命にも関わります。脳にはどんな病気があり、脳神経外科ではどんな治療が行われているのでしょうか。篠山隆司先生にお聞きしました。
―脳神経外科の領域は?
主に頭蓋内の病気を扱い、大きく分けると脳血管障害と脳腫瘍、さらに事故などによる外傷、てんかん発作など機能障害、小児の脳疾患、脊髄脊椎疾患があります。脳神経内科をはじめ循環器内科、放射線科、小児科、麻酔科、病理部、救急部など、様々な診療科と連携しながら治療に当たっています。また少し特殊ですが、末梢神経に関わる疾患も対象になることがあり外科的治療をおこなっています。
―脳血管障害とは?
一般的に「脳卒中」といわれ約7割を占めるのが脳梗塞です。年齢とともに動脈硬化が進み内壁にプラークが出来て血管が細くなったり、心臓から血栓が流れてきたりして脳の血管が詰まります。虚血状態になり酸素や糖分のような栄養が十分に運ばれなくなると脳内の神経が損なわれます。動脈瘤は血管の一部が弱くなりこぶのように膨らみ、破裂するとくも膜下出血を起こします。
―脳神経外科での治療法は?
開頭手術とカテーテル手術がありますが、心臓の治療と同様に腕や足の付け根からカテーテルを入れる血管内治療がかなり進んでいます。しかし周りをしっかり囲まれている心臓の血管と違って、脳の血管は頭蓋内でむき出しになっている状態ですから幾分脆弱です。いろいろな治療ができるようになってきたとはいえ、脳血管を損傷すると重篤なくも膜下出血につながるリスクがあり、非常に高度な技術が必要です。最近は巨大な脳動脈瘤もカテーテルで治療できるようになりました。
―開頭手術と血管内治療はどう使い分けるのですか。
基本的には病変の部位によって使い分けます。脳には頸動脈からの前方循環と椎骨脳底動脈の後方循環があります。後方循環の血管は脳の深い位置にあるので開頭手術のリスクが高く血管内治療を選択することが多く、浅い位置にある前方循環の血管は開頭手術を基本として、症例により血管内治療を選択したりします。
―動脈瘤も手術で取り除くのですか。
未破裂動脈瘤が破裂する確率は大きさによりますが年間1パーセント弱です。治療をするかしないかは、破裂と手術によるリスクを考え併せて判断します。動脈硬化は男性に多い一方で、理由ははっきりしませんが動脈瘤は女性に多く、中には30代から40代で見つかるケースもあります。特に若年者は余命も長いのでくも膜下出血の家族歴なども調べ、破裂のリスクを十分考慮して治療を行います。
―脳腫瘍とは?
大きく分けると良性と悪性があり、悪性はいわゆる「がん」と一緒です。良性腫瘍は他の臓器ではあまり問題にはなりませんが、脳では機能的に重要な脳幹等を圧迫するとしびれや麻痺、耳が聞こえづらいなどさまざまな症状が出てくることがあり、その場合手術で取り除く必要があります。悪性腫瘍は脳から発生したものと転移したものに分かれますが、手術では完全に取り除けない事が多く、進行がんがほとんどです。手術で完治は難しく、安全に手術できる部分は取り除き、残った部分に対し放射線や抗がん剤で弱らせて大きくならないように維持します。
―脳腫瘍の原因は?予防法はあるのですか。
何らかの感染が関係しているなど幾つかの説もありますが、はっきりした原因は分かっていません。従って予防法は特になく、何に注意をしたらいいのかも分からないのが現状です。
―脳には遺伝的要素がある病気もあるのですか。
神経線維腫症は遺伝性の腫瘍で、体のあちこちにできますが、脳の中にも発生します。神経線維腫症は日本人の3千人に1人程度が発症するといわれ、常染色体異常が原因です。神経症状が出た場合は外科手術で腫瘍を取り除きます。小脳や脊髄に血管芽腫という腫瘍ができるフォン・ヒッペル・リンドウ病も比較的多くみられる遺伝性の病気です。
―大学病院には重度の外傷患者さんが搬送されるのですか。
神戸市には三次救急の救命救急センターが神戸大学以外に兵庫県立災害医療センターと神戸市立医療センター中央市民病院にあり、多発外傷や重症頭部外傷の患者さんが搬送されます。私が研修医の頃はかなり重症の頭部外傷患者がよく搬送されていましたが、幸い最近は交通ルールの徹底が功を奏したのか、交通事故による頭部外傷緊急手術はほとんどなく、高齢者の転倒による頭部外傷などが増えている印象です。
―てんかんの外科的治療も可能なのですか。
てんかんは薬による内科的治療が主ですが、大人になってから発症した患者さんで脳に腫瘍や出血、梗塞があるケースでは手術で原因を取り除くと発作が治まることがあります。2022年5月、神大病院に兵庫県内では初めての「てんかんセンター」が開設され、脳神経内科の松本理器先生を中心に脳神経外科、小児科、精神科神経科の先生方が集まり、薬ではコントロールが難しくて困っておられる患者さんにも適切な治療が提供できるようになりました。
―認知症も手術で治る場合があるのですか。
一般的なアルツハイマー型やレビー小体型、血管障害型認知症を手術で治すことはできません。吸収力低下などで髄液が貯留し脳の働きが低下する正常圧水頭症は認知症を発症し、髄液を抜き取ると症状が改善します。手術をする場合は、脳室から腹部にチューブを通して常に髄液を腹腔に流すシャント術を行います。高齢者で脳萎縮が強い場合は、萎縮による脳室の拡大か水頭症による脳室の拡大かを見極めるのは難しい診断です。
―脳が委縮する認知症を予防する方法はあるのですか。
頭を使って脳の血流を良くすると脳は活性化して認知症になりにくくなります。実際に活動している脳の部分は血流が増加することがMRIで確認できます。色々なことに興味を持って、外に出て、会話を楽しんで…などよく言われていることは一理あると思いますよ。
―神大病院だからできる最先端の治療法は?
様々な画像や神経機能を測定する機器を用いて、情報を統合した最先端の手術が可能で、具体的には術中MRIやナビゲーション、3次元画像外視鏡を用いた手術です。脳腫瘍では摘出後にレーザーを当てる光線力学治療が可能で、国内でも有数の症例数を治療しています。
―どんな自覚症状が出たら受診したらいいのでしょうか。
手足に力が入らない、しびれる、言葉が出にくい、ものが見えにくい、聞きづらいなど、「いつもと何かが違う」という自覚症状があれば受診した方が良いでしょう。MRIやCTなど検査の結果「どこにも異常はありません。大丈夫ですよ」という場合がほとんどですが、時に脳梗塞や脳腫瘍など致命的な病気が隠れていて「早く来てよかったね」というケースもあります。ですので「いつもと明らかに何かが違う」と思ったら早目の受診をお勧めします。
篠山先生にしつもん
Q.患者さんや学生さんと接するに当たって、日頃から心掛けておられることは?
A.患者さんがリラックスしてご自分の気持ちや訴えをちゃんと話せるような雰囲気をつくることです。私の専門は悪性腫瘍ですので予後があまり良くない患者さんが多く、できるだけ安心して前向きになってもらえるように心掛けています。学生さんに対しては、未知の部分が多くていろんな発見がある脳に対して「いかに興味を持ってもらうか」を意識していつも接しています。
Q.先生ご自身はなぜ医学の道を志し、脳外科を専門にされたのですか。
A.高校の初めごろは工学部志望で宇宙工学や原子力を勉強しようと思っていました。高校2年生のときに、お父さんがお医者さんだという友人の影響で進路変更し、医学部を受験しました。脳はとても神秘的です。「脳の中はどうなっているのか?脳の機能はどうなっているのか?実際に自分の目で見たい」という思いがあり脳外科を専門にしました。
Q.篠山先生ご自身のリラックス法は?
A.温泉やサウナに入ってリラックスすることでしょうか。神戸には沢山温泉がありますから。スポーツは小学生からずっとサッカーをやっていて、自転車も好きです。今はコロナで中断していますが、毎年淡路島を一周するアワイチに出たり、琵琶湖を一周したり、自転車で走っていると爽快でリフレッシュできます。