4月号
桂 吉弥の今も青春 【其の二十三】
師匠の夢を見た話
すごい夢を見た。七年前に亡くなった師匠・桂吉朝が出てきた。三月十一日の朝のことだ。あの日から丸一年、あちらの世界からふるさとに帰ってくる大きな列車みたいなものが出ていて、そこに便乗してふらっとやってきたのかもしれない。「皆さんは東北ですか、私は尼崎でちょっと降ります」という具合に。そして私の夢の中に出てきた。
目覚めた後に「この夢は忘れちゃだめだ」と強く思った。なにしろ私の夢に師匠が出てくるのはこれで二回目、七年でやっと二回目だ。枕元にメモも何も無かったので書くことは出来ないなあと寝ぼけながらも判断して、落語の稽古をするように夢の内容を頭の中で何度も繰り返し再現した。だから確かだ。夢を確かと言うのはちょっと変かもしれないけれど、確実にその夢を私は見た。
とあるショッピングモールの立体駐車場に私は車をとめ店内に入って行こうとすると、柱の向こう側から師匠が歩いてきた。デニム地のシャツにざっくりとしたセーターを来て丸いメガネをかけていた。師匠の普段着だった。あまりにリアルな吉朝だったので「師匠じゃないですか」と声をかけた。「おう吉弥」と師匠、「おはようございます」と私が挨拶。にこっと笑って師匠も「おはよう」と言う。そこで師匠の身体に触る、痩せてるけどがっちりしたあの師匠の身体。セーターの質感まで手に残るくらいはっきり掴んだ。師匠だ。
「吉弥、お前の落語にちょっと言いたいことがあるんやけどな」「なんでしょうか、よろしくお願いします」「喜六の方な、あほの方なんやけど、ちょっと凝りすぎとちゃうか」「こりすぎですか?」「うん、元々面白い人なんやから、もっと自然に普通にやりいな」とアドバイスをくれはった。夢の中だが無茶苦茶ではない、私の落語に対する的確な指摘だった。ありがとうございますと礼を言った。
私の方にも師匠に言いたいことがある。「師匠ね、そっちに行くのが早かったんとちゃいますか」と責める感じで言うと、「そうやな、ちょっと早かったかな」と照れて笑った。そのはにかんだ笑い方、やっぱり師匠だ。
「吉弥、俺もうちょっとおったろか」と言うので、「はい、おってください。落語の話もっとしましょうよ」と言いたかったのだけれど口からは違う言葉が出た。「師匠、弟子は七人ですやん。俺が独り占めするんは悪いから、他の六人のところにも行ってあげてください」と・・・格好つけてますな私。
「よっしゃ分かった、ほなそろそろ行くわ」と天に昇ろうとする時に私の身体も一緒に引っ張って行こうとするので「いやいやいや、私は行きませんて師匠」と突っ込むと、「分かってるがな吉弥、冗談やがな」と私の肩をポンと叩いた。この感じも師匠やなあ。そして、すーっと天に昇っていった。途中から姿が薄くなっていって、ふっと消えた。師匠の姿が消えたその瞬間に、私は「うわあー」と思いっきり声を出して泣いた。手で顔を覆ってワンワン泣いた。駐車場の周りの人たちも気にせずに泣いた。そしてそこで、夢から覚めた。目に涙がたまっていた。
夢を見たその日に弟弟子のしん吉に「師匠ひょっとしてしん吉のとこにも行った?」と聞いた。「まだ来てはりませんわ」とのこと。まあ師匠のことやから一年ぐらいかけて後の六人のところをゆっくり廻るのかもしれない。様々な師匠や兄弟子、後輩たちには「吉弥ええ夢見たなあ」と言われた。ほんとありがたい夢を見させてもらった。
師匠はもう私の夢には出てこないのかもしれない、とても寂しいけれど仕方がない。よし、まずは師匠のアドバイスを受けて落語の稽古をしてみることにする。
KATSURA KICHIYA
桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」
土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」
水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」
月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」
土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞