6月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第24回〜
銀河の中の暗黒物質
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。今月号から、謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
前回は「失われた質量」の話をしました。これは、天体の輝きから求められる質量と、天体の動きから求められる質量との間に、大きな差がある、という問題でした。今回は、銀河の中について、この問題を詳しく見てみましょう。
前回でも、そして第11回でもお話した通り、天体の運動の様子は、それにかかる重力で決まっています。重力が強いほど、それに引っ張られて落ちてしまわないよう、速く動く必要があります。重力の大きさは、距離の二乗に比例するので、重力を生み出している物体に近いほど速く、遠いほど遅く、天体は動くのです。前回はそれを、われわれの太陽系の惑星、水星と冥王星を例にとってお話しました。これは、太陽系の質量が「太陽一極集中」だからこそ起こる現象です。
いっぽう銀河のほうは、その明るさから考えると、中心にあるバルジに恒星が集中しているので、やはり太陽系と似たような速度分布になることが考えられます。図の左側は、明るさから考えた通りに質量が分布していた場合の、銀河の中の天体の速度を示しています。銀河の中心に近いほど、バルジに近いので速く、逆に端のほうはバルジから遠いので遅くなるはずです。
ところが、実際に速度を測ってみると、それとはまったく異なり、図の右側のように、中心でも、端でも、天体の速度に大きな違いはなかったのです。これが意味するところは、バルジから遠い天体でも、その近くに質量を持つ物体がある、ということです。そうでなければ、速く動く理由がありません。たいして重力がかかっていないのに速く動いてしまうと、その天体は銀河を飛び出してしまいます。しかしそうはならず、天体は銀河の中に安定して留まり、回転運動を続けています。このことはつまり、バルジやディスクの領域の外側に、明るく輝く恒星以外の、「質量を持った何か」が存在することになります。バルジやディスク以外の部分は輝いていないのですから。この領域、バルジやディスクの外側の領域を、ハローと呼びます。このハローに、「目に見えない何か」が存在している、それが大きな発見だったのです。目には見えない、しかし確実にそこにあることから、これらを「暗黒物質(Dark Matter)」と呼びました。
では、その「何か」とは具体的に何でしょうか。実際に光(可視光)を出していないので、恒星ではありません。となると、次に考えられるのは、「恒星になれなかったもの」です。太陽をはじめとする恒星は、宇宙に漂う物質が互いの重力で集まり、その量があまりにも多い、つまり質量が大きいために、それによって中心方向に押し潰されて、遂には原子核同士がくっつく、核融合まで起こすようになったものです。しかしその集まり方、あるいは集まった質量が中途半端であれば、核融合までは起こさない塊になることだってあります。核融合を起こさなければ、光り輝かないので、われわれの地球からは(可視光では)観測できません。たとえば惑星もすべてそうです。太陽系内の惑星が地球から観測できているのは、とても近いために、太陽からの光が反射したものが地球に届くからです。しかし銀河全体の大きさで言うと、とてつもない広さですので、地球からは観測できないもののほうがはるかに多くなります。こういった、天体ではあるものの、光り輝いていないために可視光では観測できないものがハローにはたくさんあって、それが右のような現象を引き起こしているのではないか、とも考えられます。こういった天体を、「質量を持つ小型のハローの天体(MAssive Compact Halo Object、MACHO)」と呼びます。
MACHOの候補にはいくつかあります。右のような、太陽ほどには重くないために恒星にはなれなかった褐色矮星、惑星、あるいはブラックホールや中性子星などの「恒星の死骸」、などなどです。これらの天体は、可視光では観測できなくとも、質量があることから、それを使って観測することが可能です。第18回で、質量のあるものは、その重力によって空間を歪ませる、という話をしました。空間が歪むと、そこを通る光の経路が曲がってしまうので、歪んだ空間の向こう側の「風景」が歪んで見えます。蜃気楼のように。これを「重力レンズ効果」と呼びます。この歪みを測定することで、MACHOの質量を計算することができます。
そうしてMACHOを調べていったところ、確かにたくさんあることはわかったのですが、銀河の回転速度の問題を説明するにはまったく足りないことがわかりました。
つまり、ハローの中には、「天体以外の何か」も存在しているのです。それは、重力レンズ効果では観測できないことから、天体のように固まっているのではなく、薄く、ハロー全体に広がっていることになります。果たしてその正体とは何でしょうか。

PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












