6月号

神戸で始まって 神戸で終る 60
1970年、“未完”から得た創作の基本理念
1970年の大阪万博『せんい館』を見ていただいた方もおられるかと思いますが、あれからすでに55年の歳月が経っているので、すでに記憶の彼方に消えつつあるのではないかと思います。
なぜ僕が『せんい館』の話をしようとしているかというと、あの巨大パビリオンをデザインしたのが僕であると同時に、僕はあの自作の建造物から、決定的な創造の秘密と刺激を受けたからです。そんな話を、この欄で語ってくれないかと編集部から依頼されたのです。
あの『せんい館』は当時、ある意味でセンセーショナルな話題を提供しましたが、そんなスキャンダラスな側面だけが話題になっただけで、正当に論じようとする人はひとりも現れませんでした。
では、なぜ一部で話題になったかといいますと、巨額をかけて建造したにもかかわらず、建物の中心部には建築中の足場を凍結したまま、つまり未完のまま建物を強引に完成させたからです。
これはどういうことかというと、建設途上の現場に立ち合った僕は、思わず声をあげて、「この建設途上のまま、つまり足場を組んだ状態のまま、できれば作業員もストップモーションのまま固定できないか。建造物を取り囲んだ足場と、そこで働く作業員をそのまま凍結させることはできないか」と、興奮状態になって、各せんい業界の役員の集まる場でとんでもない構想を提案したのです。
その結果、誰ひとりとして賛成しませんでした。全員一致の反対です。建物を取り囲んだ足場は、建物の完成と同時に解体されるものです。そんなことはわかっていますが、もし、この進歩と調和をスローガンにした万博の会場の中に、この巨大建築が未完のまま凍結された場合、完全に万博の進歩と調和は破壊されます。
僕はそのことによって「未完」を提案したかったのですが、僕の考えは完全に頭ごなしに否定されてしまいました。そこで僕は、なんとしてもこの画期的なパビリオンを残すために、『せんい館』の最高顧問の谷口豊三郎さんに直談判する時間を、わずか5分ほどいただいて、僕のこの『せんい館』の理念を谷口氏に語りました。
黙って聞いておられた谷口氏は、一言、「私はあなたのおっしゃることが難しくてわかりません。しかし、あなたの情熱だけは私に伝わりました。私たち企業人は、若い人の情熱を実現させるのが使命です。どうぞあなたの思ったことを実現してください」と、僕の横で聞いていたプロデューサーに指示して、一変してあの難問が解決してしまったのです。僕は腰が抜けるほど驚きました。
僕は建築家ではありません。当時30歳になったばかりの一介のグラフィックデザイナーでした。
こうして日の目を見た『せんい館』は、ほとんど無視された状態で、僕の耳には『せんい館』の噂さえも入ってきませんでしたが、44年ほど後に建築家の磯崎新さんから当時の『せんい館』の話を聞かされました。当時、大方の人たちは「あのせんい館は途中で予算がなくなって、建設途上のまま放置されたんだ」とか、「横尾に上手く騙されたんだ」とかいう噂が流れていたと知らされましたが、磯崎さんは、「今になってみれば、岡本太郎の『太陽の塔』と横尾さんの『せんい館』だけが記憶に残っている」と僕との公開トークショーで明かしてくれました。
この『せんい館』によって、僕自身、気づくことがありました。建築には完成はない、建設中のプロセスと、完成後、建物を利用する人々によって、建物は次第に建築家の意図に反して破壊の道を歩む。つまり建物は、スタートからゴールまでのプロセスの時間のみが、建築の生存期間である。というプロセスこそが創造であるということを、自らの建造物によって教えられたのです。
この気づきは、僕の全創造作品の根幹をなしています。創造における完成は、全て幻想であり、創造の生存時間はプロセス以外にはないという考えの上に立つことになりました。そしてこの考えは、その後、画家に転向してからも、僕の創作の基本的理念となっています。
以前にもこの欄で書いたかと思いますが、人間は誰もが未完のまま生まれてきて、完成を目指すのですが、大方の人は未完のまま生涯を終えるのです。
つまり人間は未完のままで生まれ、未完で死ぬのです。従って、輪廻転生という宇宙的法則が人間に与えられているのです。

日本万国博覧会「せんい館」パビリオン建築 1970年

日本万国博覧会せんい館(日本繊維館協力会)ポスター 1969年 国立国際美術館蔵

『横尾忠則 未完の自画像-私への旅』展(現在開催中)

『横尾忠則 未完の自画像-私への旅』展(現在開催中)

『横尾忠則 未完の自画像-私への旅』展(現在開催中)
美術家 横尾 忠則

撮影:横浪 修
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。
初公開となる自画像や家族の肖像などの最新作に加え、1970年の大阪万博で話題を呼んだ『せんい館』をイメージしたインスタレーション作品も展開されています。
会期:8月24日(日)まで〈予定〉
会場:グッチ銀座 ギャラリー
東京都中央区銀座4-4-10 グッチ銀座7階
グッチ銀座ギャラリー
和歌を詠み合う連歌のように、昨日の作品から導かれるまま今日の作品を描く。2023年春から制作された60点が、悠々とした大河のように展示されています。
会期:6月22日(日)まで
会場:世田谷美術館
東京都世田谷区砧公園1-2
世田谷美術館












