2025
04.01

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (60)後編

カテゴリ:, 汎用

車谷長吉
神戸からの再起でつかむ直木賞…一通のファンレターが支えた創作魂

念願の直木賞

直木賞、三島由紀夫賞、川端康成文学賞…。作家として名だたる文学賞を受賞した車谷長吉だが、作家になるまでの苦闘は長かった。
上京し、30代を迎えたころ。車谷は、一度は作家になる夢をあきらめている。
《三十歳で、友だちも東京の生活も学歴も親も文学も、すべてを捨てると決心したときに、視界が開けたような気がしました》
そのころの心境を、彼は自伝「人生の四苦八苦」(新書館)のなかでこう吐露している。
東京から故郷の〝播州飾磨〟へ戻った車谷は、神戸や尼崎などを転々としながら料理人として生きていた。
《文学へのこだわりを捨て、毎日ひたむきに生きる暮らしの中で、今までに味わったことのない安らぎを感じていました》
だが、そんな「安らぎの生活」を送っていた車谷が暮らす神戸へ、新潮社の編集者、前田速夫が東京から説得にやって来る。
《付き合いのあった編集者が居場所を探し当てて訪ねてきたことで、動揺し、また迷いの中へ投げ込まれてしまいました。再び東京へ帰って来いと言われてから三年間迷い、三十八歳のときに上京しました》
40代に入る手前で車谷は再度、上京を決意する。
《「わたしは再び無一文で東京へ帰り、会社勤めをするようになった」》
今度こそ、作家となるために…。
車谷の代表的な、或いは好きな小説を一作―と読書家に問えば、その多くが、「赤目四十八瀧心中未遂」を挙げるだろう。
《「赤目四十八瀧心中未遂」を書いたときは、はじめは三十枚ほどの短編小説を書くつもりで書きはじめたのですが、いつしか四百七十枚までふくれあがってしまったのです。自分としても結果は意外なことになったなと思いましたね》
こうして苦難の末に書き上げた長編「赤目四十八瀧心中未遂」で長年の念願だった直木賞を受賞する。その時の喜びを彼は素直にこう明かす。
《三十八歳で東京へ出て行き、散々苦労して、直木賞をもらったのは五十三歳のときでした。十五年くらい、時間がかかりましたね》と。

理解者に支えられ

この書のなかの質疑応答の項に、読者からのこんな質問がある。
《「平成十五年三月、映画『赤目四十八瀧心中未遂』が完成しました。自作のイメージが映像になるということをどのように捉えましたか」》
対して、車谷は「試写会に行って、よい作品だと思いました」と素直に喜びを表す。
劇中では、車谷の神戸や尼崎での下済み時代の苦悩、葛藤が所々に投影されている。
ヒロインを演じた女優、寺島しのぶは鬼気迫る熱演で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などこの年の賞レースを総なめにした。
当時、私は文化部の記者として、この映画の監督を務めた荒戸源次郎を取材した。
その文体、経歴、思想、そして風貌…から〝最後の文士〟と呼ばれ、自らを〝反時代的毒虫〟と名乗っていた車谷は、昭和から平成にかけて生きた〝最後のアウトロー作家〟とも呼ばれていた。
「そんな車谷の〝アウトローな世界観〟に惹かれ、映画化を決めた」と話していた荒戸もまた、車谷と同様に異端児的な存在だった。
自分で移動型の映画館を建て、重鎮監督のプロデューサーとなって映画を撮らせたり、また、自ら監督も務めた荒戸は〝映画界のアウトロー〟と呼ばれていた。
自ら変人だと自認し、人づきあいを苦手としていた車谷だったが、編集者の前田や荒戸監督など、彼が紡ぎ出す独特な世界観に惹かれる者は少なくなかった。
この連載で白洲次郎を紹介したが、白洲と同じ兵庫県三田市の墓地に眠る妻、白洲正子は文学界のなかで、最も車谷を評価していた理解者の一人だったといわれている。
まだ、無名だった彼の初期の作品に魅せられ、ファンレターを送るほど熱心な…。
《今から十数年前、わたしが「新潮」にある小説を発表したところ、まったく見ず知らずの人から手紙が届いたのです。その手紙をくださいましたのが、白洲正子さんでした》
そのころ、白洲正子とまったく面識がなかった車谷は、《非常に驚き、恐ろしいなと思いました》とも語っている。
白洲正子は「あなたの文章は、作品、あるいは言葉が生きている」と、まだ車谷の小説が文壇であまり認められていないころから、彼の文章を読み解き、魅せられ、大ファンだと自認していた。
白洲正子の手紙の最後に、「次の作品もぜひ読ませてください」と書いてあったというが、車谷が三島由紀夫賞を受賞する次作「鹽壺の匙」を上梓したのは、その7年後だった。
車谷はこの7年を「悪戦苦闘の非常に息苦しいような毎日でした」と語る一方、白洲正子からの励ましの言葉があったから、「くそう、負けない!」と自らを鼓舞し、書き上げることができたと振り返っている。
車谷は「20年間、文章を書いていてファンレターなるものをいただいたのは一度だけです」と語っているが、それが、この白洲正子からの手紙だったのだ。
車谷と白洲正子との友情は1998年、彼女が88歳で亡くなるまで続いた。
この年、車谷は直木賞を受賞した。

=終わり。次回は画家、小磯良平。 
(戸津井康之)

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