2024年
11月号
(実寸タテ15㎝ × ヨコ10.5㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から102 対角線

カテゴリ:文化人

四年前になる。コロナ禍中で「喫茶輪」を閉じたのは。
しかし店の中にはテーブルも椅子も残してある。
少し模様替えして書棚三本とプリンターを持ち込んだ。わたしの書斎にしたのだ。
なので「喫茶・輪」は「書斎・輪」になった。
店の奥に大きなテーブルがある。七、八人が一緒に食事出来る大きさだ。
喫茶店の盛時には、ここに営業職のお客さんが集い、商談を闘わせていた。兵どもの夢の後なのである。
そこでわたしは今、原稿を書いている。
広いテーブルが書籍などの資料を広げるのに好都合だ。 
入り口を入ってすぐのカウンター席は、わたしの応接室になる。訪ねて来て下さる人には、その場所がなぜか人気がある。きちっとした応接室よりもリラックスできるのだろう。
そこでわたしは喫茶店のマスターに戻りコーヒーを点てておもてなしをする。客人はつい口が軽くなってしまうというわけだ。お帰りにコーヒー代を払おうとなさるが、これは頂くわけにはいかない。商業法違反になってしまう。
お見送りは店、いや「書斎・輪」の表からするのだが、多くの客人は西へと帰って行かれる。そちらが最寄り駅方面なのだ。
ここからの景色がわたしは好きである。五、六メートル幅の西行一方通行の平凡な道だが、真っすぐに伸びる道の両側はスッキリとしている。民家や商店など一軒もない。したがって人通りも少ない。北側に小学校の校舎、南には酒造会社の工場があるだけ。
道は通学路になっていて、歩道を確保する白線が、これまた両側に真っ直ぐに引かれている。
ということは、直線ばかりが西へ向かって走っていて、両側の建物の稜線と合わせ対角線を形作っている。これが美しい、とわたしは思うのだ。その対角線の焦点の辺りが、遠く六甲の山の端になっていて夕焼けが哀しいほどに美しい。そこに向かって客人は歩いて行かれる。

このほど久しぶりに同人誌に参加した。九人で創刊したのだが、そのタイトルはわたしが提案した「対角線」に決まった。実にこの景色からの発想だった。
前に参加していた同人誌は、詩人安水稔和氏が主宰する『火曜日』だった。2015年に120号をもって終刊して以来だから9年ぶりのことになる。
創刊号は42ページ、つつましやかな冊子である。そこにわたしは一篇の詩を載せた。
その詩「直線」の部分。

直線が好きだ
自然界であろうと
人工のものであろうと
真っ直ぐの線が好きだ

電柱がいい
空を区切る電線もいい

水平線が好きだ
天使の梯子 薄明光線も好きだ

直角三角形がいい
平行四辺形がいい
不等辺三角形がいい
さらに
対角線が好きだ

そして そして
わたしが最も好きなのは
真っ直ぐに見つめる
おまえのその視線だ。

(実寸タテ15㎝ × ヨコ10.5㎝)

六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。

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