10月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第16回〜
四つの力
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。この連載で謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
前回は、宇宙年表を現在から過去に向かって遡っていきました。そこで、「力の誕生」なるできごとが登場しました。力が生まれるとはどういうことでしょうか。
みなさんは中学校で「抗力」「張力」「摩擦力」などなど、いろいろな力を学んだかも知れません。しかし、「その力の源は?」と突き詰めていくと、結局、この世に存在している力は四種類しかないのです。それは、「重力」「電磁力」「強い力」「弱い力」です。しかも、後ろ二つは原子核の大きさの世界でしか働かないので、我々が体感する力は、重力と電磁力だけなのです。抗力や張力や摩擦力は、原子同士の働く電磁力が、巨視的にそう見えているに過ぎません。
表に、この四つの力をまとめました。ここに「チャージ(荷量)」という欄があります。これは、その力が作用する物理量です。と言ってもわかりにくいでしょうから、具体的に見ていくと、たとえば重力のチャージは質量です。つまり、重力は質量のあるものにかかり、その大きさは質量に比例します(相対性理論的には少し異なりますが、ここでは置いておきます)。電磁力のチャージは電荷で、電荷量に比例した力がかかります。電荷のないものには電磁力はかかりません。そして、電荷には、正負の二種類があります。
「強い力」「弱い力」というのは一般用語のような響きをしているので、これを物理学用語にそのまま採用してしまったのはいいことではありません。「強い力」は正確には「強い相互作用」で、「strong interaction」の直訳です。同様に「弱い力」は「弱い相互作用」、「weak interaction」の直訳です。これらは、電磁力より強いか弱いかで表現していて、その力の本質を表わしていないので、これまたよい言葉ではありません。物理学者にはこういういい加減な面もあるのです。
強い力とは、陽子や中性子を繋ぎ合わせて、原子核を形成している力です。陽子同士が電磁力によって反発する力を抑えているわけですから、電磁力より強いのです。強い力は、色荷というものにかかり、これは、陽子や中性子(正確にはそれを構成するクォーク)が持つ荷量ですが、電子やニュートリノなどにはありません。色荷には三種類あります。
弱い力とは、他の力とはずいぶん違って、クォークを別のクォークに変える力です。たとえば、中性子は、原子核の外では、一五分の寿命で陽子と電子と反電子ニュートリノに壊れます。このとき、中性子の中のダウンクォークのひとつがアップクォークに変化することで、中性子全体としては陽子に姿を変えています。この変化を起こす力が弱い力です。
表のもうひとつの欄である「媒介粒子」は、「力を伝達する粒子」のことです。力というものは、離れたもの同士に、いきなり伝わったりしません。必ずこの媒介粒子をやりとりすることで力を伝えるのです。たとえば電磁力は、光子(フォトン、光)を投げることで相手に力を伝えます。相手から見れば、光子を受け取ることで力を受けます。ほかの力も、表に書いたそれぞれの媒介粒子をキャッチボールすることで力を伝えているのです。この媒介粒子をキャッチできるかどうかの能力を示す量が、さきほどの荷量なのです。
という予備知識を準備したところで、では、宇宙年表にある「力が生まれる」とはいったいどういうことでしょうか。実は、素粒子論と宇宙論では、「もともとすべての力は同じものであって、それが相転移によって別の力に分かれていった」という考えが基本となっているのです。もともと宇宙には原初の力とも言うべきものがあり、そこから重力が分岐し、時代が下がって強い力が分岐し、さらに時代が下がって電磁力と弱い力が分岐した、と考えられています(図)。しかも、電磁力と弱い力に関しては、実際にそうであったことが確かめられているのです。過去に遡ることはできませんが、過去と同じ状態をつくり出すことはできるからです。具体的には、そのときと同じ温度(エネルギー)の状態にしてやればいいのです。
電磁力と弱い力が分岐前には「電弱力」なる力に統一されていたというのは、まず一九六七年に、「ワインバーグ=サラム理論」という理論によって理論化されました。「電磁力と弱い力はかつて同じだった」ということは、両者の媒介粒子である光子とウィークボゾンが同じだったことを意味します。しかし光子は質量のない粒子であり、ウィークボゾンは陽子の八〇倍もの質量を持つ粒子です。この二つが、宇宙の初期では同じであったというのです。本当に?
これを考えるには、では、光子は質量がないままなのに、なぜウィークボゾンはそんなにも巨大な質量を獲得するのに至ったのか、その仕組みを考える必要があります。ここに、「粒子に質量を与えるメカニズム」が登場します。それについて、次回、お話ししましょう。
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。