8月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.45 俳優 古田 新太さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第45回は、今、最もチケットが入手困難といわれる全国区で人気の「劇団☆新感線」の看板俳優であり、ドラマや映画にも引っ張りだこの俳優、古田新太の登場です。
文・戸津井 康之
撮影・服部プロセス
「踊りに歌、いつでも準備はできている」
…最長のロングラン公演に挑む
斬新な“競演”
「確かに97回という公演回数は途方もない長さですが、40年もやってきたので、何とかなるでしょう」
現在、舞台公演の全国ツアーの真っ最中。最新作の〝いのうえ歌舞伎〟『バサラオ』の公演に臨む古田新太の言葉からは、並々ならぬ強い意気込みが伝わってくる。
それもそのはずで44年の歴史を誇る『劇団☆新感線』にとっても、一つの公演としては最多の公演回数に挑んでいるからだ。
『バサラオ』は、劇団創設44周年興行として7月7日に福岡・博多座で開幕。東京・明治座公演(8月12日~9月26日)を経て、10月5日に始まる大阪・フェスティバルホールでの公演は千秋楽の17日まで続く。
この舞台の稽古が始まって数日目という頃に取材すると…。
「博多座、明治座と続いて最後がフェスティバルホール。大阪公演までには、何とか公演時間を5分ほど短くしたいな、と考えています」。こう持ち前のサービス精神で笑いながら古田は舞台構想とその〝目論み〟を明かした。だが、これがただの冗談ではないことは、共演者たちの〝証言〟からも分かる。
主演は生田斗真。この作品は今年39歳の生田の〝サンキュー〟公演という記念公演でもある。生田は17歳の頃から「劇団☆新感線」公演の常連俳優。その生田が言う。
「僕が高校生の頃から古田さんは憧れの存在。新感線の舞台は5度目ですが実は古田さんとの共演は今回が初めてでうれしくて」
そしてこう続けた。
「古田さんがただ舞台にいるだけで、何かが起こりそうな気がする。それが古田さんの最大の魅力なんです」と。
同じく共演者の中村倫也はこう語る。
「古田さんには稽古初日から完成形が見えているのだと思いました。周りの隅々まで目を配っている」
古田はこれまでの経験を踏まえ、ロングランの公演中にもセリフや芝居をブラッシュアップしていき、その結果「5分削ることができる…」。そう完成形を構想し発した言葉だったということが理解できる。「少しでも早く終わって帰りたいのが本音ですよ」と本人は笑うのだが…。
築かれた信頼関係
そんな全体像を見据え考え抜いた演技プラン、熟考した舞台構想を隠すように「今、日本で最も信頼できる二枚目2人が出演。2人がいればロングランのツアー公演の集客も心配ないですよ」と自分に信頼を寄せてくれる二人の言葉を照れ臭そうに笑って煙に巻く。
「実はこれまで2人とは新感線の舞台では共演したことがない」と話す裏には、3人での初共演が今から楽しみで仕方ない、という思いも伝わってくる。同じ舞台で3人が揃うのは初めてだが、古田はそれぞれドラマなどで共演しており、互いに俳優として信頼関係を築いていることも伺えた。
「いまさらピカレスクロマン(悪者が活躍する物語)はやりたくないと思っていましたが、いのうえ(ひでのり)さんが面白く演出してくれそうだから」
劇団の人気シリーズである〝いのうえ歌舞伎〟を率いる演出家、いのうえひでのりは劇団☆新感線の創設者として公演を演出してきた重鎮。
〝いのうえ歌舞伎〟とはアクションを盛り込みケレン味を効かせた新感線ならではの新ジャンルの舞台。『バサラオ』はいのうえ演出の最新の〝時空を超えた時代活劇〟だ。
「もちろんダイナミックな踊りと歌を演出。ただのピカレスクロマンにはしませんよ」と、「古田の思いは百も承知」だと言わんばかりのいのうえは、自信あり気な笑みを浮かべた。
生田が17歳で新感線デビューなら、古田も新感線の舞台でデビューしたのは18歳。最初の公演からずっといのうえの演出で演じてきている。古田がどんな舞台にしたいかの一番の理解者がいのうえなのだ。
看板俳優の底力
そもそも、古田はなぜ舞台俳優を目指したのか?
1965年、神戸で生まれ育った。
「小学5年のとき。学校の行事でミュージカルを見に行ったんです。それまでは漫画家、プロレスラー、ミュージシャンなどなりたい夢がたくさんあったのですが、俳優としてミュージカルに出れば、すべてが叶う。何にだってなれる。そう思ったんです」
以来、俳優になるための努力を続けてきた。
興味深い〝修行秘話〟を教えてくれた。
古田は神戸の高校へ進学。「演劇部に入っていましたが、兵庫県内の高校などが参加する文化芸術祭があって、総合司会を任されたんです。高校二年のときでした」
高校のダンス部と演劇部の生徒がステージで踊りを披露する直前。舞台の袖で振り付けの最終確認を指導者から受けていた生徒たちを見ながら、古田も同じ振り付けで踊っていると指導者が驚き、古田に声をかけてきた。
「うちの教室に通いませんか?」と。古田が「教室に通うお金がないですから」と答えると、「月謝はただでいいから」と熱心に古田を誘ったという。
この指導者の名前は貞松融。妻でバレエダンサーの浜田蓉子と1965年、故郷の神戸で『貞松・浜田バレエ団』を結成。教室を開き日本バレエ界に貢献してきた重鎮だ。
「ミュージカル俳優になるためには、クラシックバレエやジャズダンス、タップダンスなどの技術も必要だと思っていたので通うことにしたんです。もちろん、ずっとただで」と笑いながら古田が振り返った。
のん(能年玲奈)がヒロインを演じ、社会現象を起こしたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』で、古田はのんが所属する芸能事務所の社長を演じた。ドラマの中で共演者と一緒に古田が踊るシーンは傑作場面として語り継がれている。振付師の木下菜津子が「古田さんは覚えるのが一番早く、一番踊りがうまかった」と称えたエピソードは有名だ。
この話を古田に向けると、「中学生の頃から、ブレイキン(ブレイクダンス)なんかをやってましたから。神戸ハーバーランドでよく練習していたんですよ」と笑った。
来年開催のパリ五輪の新競技にも決まり、知名度が上がったブレイキンを半世紀近く前から…。バレエ界の重鎮が「うちの教室へ」と声をかけたくなるにはその理由があるのだ。
小学生の頃の夢…生涯役者
『あまちゃん』をはじめ、テレビドラマや映画など舞台以外でも、その唯一無二の存在感を放ってきた。
主演映画『小森生活向上クラブ』(2008年)の片嶋一貴監督、2021年に公開された『空白』の吉田恵輔監督に取材したとき。両監督とも「古田さんは現場で演出する必要がない。脚本を渡したら後は任せておけばいいのですから」と声を揃え、絶大な信頼を寄せて話す姿が強く印象に残っている。
この話を伝えると「いつも監督の意図通りに演じていますからね」と答え、「脚本を読んで監督の意図を理解する。それが役者の仕事だと思っています」と持論を語った。
さらに「いつでもどんな要求にも応える準備ができていないと俳優とはいえない」とも。
「それがミュージカルなら、さまざまなジャンルのダンスができて歌も歌える。いつでも演出家の要求に応える準備をしておくのが役者の務めです」と強調した。
大阪芸術大学ではミュージカルを専攻。新感線の先輩俳優、渡辺いっけいから「次の舞台に出て」とスカウトされ、「一回きりのつもり」がそのまま看板俳優となった。
さらに、新感線の公演と並行しながら、蜷川幸雄や野田秀樹、鴻上尚史ら日本を代表する演出家たちの舞台にも上がり続けてきた。舞台の他、宮藤官九郎脚本のドラマの常連俳優でもある。
その中で、「同じ舞台で共演し、凄いと感じた俳優」を教えてくれた。
「大竹しのぶさん、白石加代子さんは本当に凄いと思いました。それまでオイラが〝宇宙一〟芝居が上手いとうぬぼれていたのが打ち砕かれました。27歳の頃です」と吐露した。
「大竹さん、白石さんがただ舞台に立つだけで全観客の視線が集まるのですから」
圧倒されたと痛感し、以来、さらに演技を磨こう…と心に決めたという。
そして今、自分が舞台の真ん中で観客の視線を一身に集める存在になっている。
それだけに、次の世代へ演劇の魅力を伝える世代になった責任を自覚している…とも。
神戸が生んだ演劇界のトップランナーに、「故郷・神戸で演劇を志す若者たちの育成、活躍の場も必要では」と提示すると、「いいですね。かつて自分が憧れた俳優、芝居の魅力を誰かが次世代へ伝えないと…。機会があれば、やってみたいですね」と優しく笑った。
古田 新太(ふるた あらた)
1965年生まれ。兵庫県出身。大阪芸術大学在学中の1984年から劇団☆新感線に参加。エネルギッシュで迫力ある演技には定評がある。劇団公演以外の舞台にも積極的に参加し、自身で企画・出演を務める演劇ユニット“ねずみの三銃士”などもある。活躍の場は広く、バラエティ番組やCM出演、コラムニストとして書籍も出版している。2024年に第45回松尾芸能賞優秀賞を受賞。劇団公演以外の近年の主な出演作品に、舞台『ラヴ・レターズ』(24)、『パラサイト』(23)、『ロッキー・ホラー・ショー』(12・17・22)、『衛生』(21)、映画『サイレントラブ』(24)、『ヴィレッジ』(23)、ドラマ『不適切にもほどがある!』(24)、『となりのナースエイド』(24)、『お別れホスピタル』(24)などがある。現在バラエティ番組『EIGHT-JAM』『スイッチインタビュー』(ナレーション)にレギュラー出演中。
2024年劇団☆新感線 44周年興行・夏秋公演
いのうえ歌舞伎『バサラオ』
大阪公演
■日時:2024年10月5日(土)~10月17日(木)
■会場:フェスティバルホール
■作:中島かずき
■演出:いのうえひでのり
■出演:生田斗真 中村倫也/
西野七瀬 粟根まこと/
りょう/古田新太
■企画・製作:ヴィレッヂ 劇団☆新感線
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