6月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.32 神戸大学医学部附属病院 食道胃腸外科 掛地 吉弘先生に聞きました。
口から入った食べ物は食道を通り、胃を通って消化吸収され、腸で便が作られ排出されます。日々その働きを身近に感じる臓器ですが、がんも心配。現状や最新の治療法、予防法など掛地吉弘先生にお聞きしました。
―食道胃腸外科とは?
「消化管」と呼ばれる部分、具体的には食道と胃、腸の中でも主に大腸、疾患としては食道がん、胃がん、大腸がんを中心に扱い外科的治療を行っています。
―消化器がんの患者さんは多いのですか。
1年間(2019年)の日本における部位別がん罹患数(がん研究振興財団がん統計2023)によると、食道、胃、大腸(結腸・直腸)を合計した消化器がんは男性で約34%、女性で約26%を占めています。男性ではがん患者さんの3人に1人、女性では4人に1人が消化管のがんに罹っているということです。
―原因は?予防はできるのでしょうか。
女性の約5倍の割合で男性の罹患数が多い食道がんについては、喫煙と飲酒が大きく関わっています。まずは禁煙、お酒を飲んだら顔が赤くなる人は飲みすぎないように気を付けて、定期的に内視鏡検査を受けるのが望ましいでしょう。また、刺激物によって食道の粘膜に炎症が続くとがんの原因にもなります。日本人の胃がんのほとんどはピロリ菌が原因です。検査と除菌が推奨され、おそらく2030年ごろをピークに胃がんは減少していくだろうと予測されています。今の中学生のピロリ菌保有率は1〜2%くらいですから、彼らが壮年になるころにはほとんど胃がんはなくなっているでしょうね。大腸に関してはがんになる原因ははっきりしていません。腸内細菌との関わりも議論されています。
―菌を食べたり飲んだりして効果はあるのでしょうか。
腸内細菌叢で体のさまざまな部分のバランスが保たれていることが分かっています。そこで、サプリメントや食べ物がいろいろ勧められているようですが「効果があるかもしれないし、ないかもしれない」という程度でしょうね。医療では、菌を移植する内科的治療も行われています。医学的効果が認められるものをきちんと見つけて、適切に摂取できるようにする必要があると考えています。
―消化管がんの外科的治療とは?
悪いところを取り除く方法として、昔はお腹を20センチ余り開け、大きな人間の手を入れる開腹手術が行われていました。小さな創(きず)で同じ作業ができないかと考案され普及したのが鏡視下手術︵腹腔鏡手術・胸腔鏡手術︶です。5〜12ミリの小さな創数か所からカメラと手術器具(鉗子)を入れてマジックハンドのように動かし、モニター画面を見ながら作業をします。さらに人間と同じ作業をやってくれる医療用ロボットが開発され、良く動く小さなロボットの手(7ミリ)によるロボット支援手術が導入されました。
―神大病院ではそれぞれの手法を使い分けているのですか。
2023年の食道がん手術では胸腔鏡手術が約4割、6割を占めるのがロボット支援手術で、24年には更に増えると思います。開胸手術は2015年の1例を最後に毎年ゼロです。胃がんでは腹腔鏡手術が5割以上、ロボット支援が約4割、大腸がんでは約7割が腹腔鏡手術、約3割がロボット支援手術です。
―外科治療の技術はここまで進んでいるのですね。
手術は局所的な治療ですから全身的な治療を考えるとさまざまな方法を組み合わせる必要があります。そこで週に1回、消化器内科、腫瘍内科、放射線科、食道胃腸外科合同でカンファレンスを行い、治療の組み合わせや順序など患者さん一人一人にとって最良な方法を話し合います。例えば、がんが大きくなり転移している患者さんの場合、まず化学療法や放射線治療でがんをある程度抑えてから手術に進むので、創が小さく体に優しい手術が可能なのです。
―消化管の領域では開腹手術はゼロになるのでしょうか。
進行胃がんの開腹手術と腹腔鏡手術を比較すると術後5年間にわたって再発はほとんど差がないことが分かっています。腹腔鏡手術やロボット支援手術は翌日からベッドから起き上がって歩くこともでき、1〜2週間で退院が可能です。しかし、がんの進行状況によって胃がん、大腸がんでは1年に数件程度の開腹手術が神大病院でも行われており、今後もゼロにはならないと思います。
―ロボット支援手術が一気に増えているのはなぜですか。
2018年から消化器の領域でもロボット支援手術が保険収載され、現在は食道・胃・大腸と全ての消化管で保険適用の対象になり、次第に件数が増えてきました。
―腹腔鏡・胸腔鏡手術からロボット支援に移行するメリットは?
いずれも出血が少なく輸血の必要がほとんどない手術で、ロボット支援導入で出血量はほんのわずかにまで減少しています。感染による膿瘍形成、うまくつながらない縫合不全、術後に発症する肺炎などといった合併症が少なくなっています。先進医療で行われたロボット支援胃切除術の合併症率は、腹腔鏡手術よりもさらに低い結果でした︵Uyama I, et al., Gastric Cancer 2019︶。安全に精密な手術ができることが患者さんにとってロボット支援手術の大きなメリットです。
―ロボットのどんな点が優れているのでしょうか。
腹腔鏡鉗子の動きは直線的で〝つかむ〟作業が中心ですが、ロボットは手首の動きが加わり物理学的自由度が高まった結果、細かい作業が可能になりました。人間の手のような生理的な震えがなく、狙った箇所を確実に捉えることができます。カメラも震えがなく、三次元で映し出される画面にブレがありません。術者は自分の両目で見ているような自然な感覚です。ただし現段階では様々な器具が腹腔鏡・胸腔鏡手術に比べると少ないので、今後の開発に期待するところです。
―さらに安全で確実なロボット支援手術を行うためのコンピュータ支援手術とは?
コンピュータが持つ技術を使い三次元的空間認識を生かして、人間の目をより見えやすく、手をより動きやすくしようという方法です。術前CT・MRIの画像データを使う術前シミュレーション、術中の3D画面に重ね合わせる術中ナビゲーションなどがあり、例えば血管や尿管などが隠れている場合でも画面上で位置を確認しながら傷付けることなく手術を進めることができます。肝臓のように臓器の外からはがんの位置を確認できない場合でも、画像を重ねると画面上で目視ができます。また術中の映像は必要に応じて共有でき、さらにデータはすべてコンピュータ上に記録されるので最も無駄のない動きの解析も可能です。
―最先端の治療が神大病院の強みなのですね。
すべての診療科がそろった大学病院の役割はさまざまな合併症を持つ患者さんの治療です。鏡視下手術やロボット支援手術はがんセンターなど専門病院でも数多く行われていて、若い患者さんであれば最先端の治療を受けることができます。ところが高齢の患者さんも多く、例えば心臓疾患を持っている場合は循環器の専門医がそろった大学病院で治療を受ける必要があります。あらゆる患者さんに対応して最先端の治療を提供できるのが神大病院の強みです。
掛地先生にしつもん
Q.掛地先生はなぜ医学の道を志されたのですか。中でも消化器外科を専門にされた理由は?
A.人と接することに興味を持っていて、その中でも医学がおもしろそうだなと思っていました。どちらかと言えば文系だったのですが、子どもの頃に見たテレビドラマに影響されたかな(笑)。出身校の九州大学では総合外科ですべての領域を網羅し、卒後3年目の専門選択時、第一希望に食道を出したところ、「ちょっと下の胃でもいいか?」と教授に聞かれて「はい」と(笑)。胃がんから始めて、食道がん、大腸がんを専門として、12年前に神戸大学へやって来ました。
Q.病院で患者さん、また大学で学生さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.アメリカの外科学会では「Trust is built brick by brick(信頼はれんがを一つ一つ積むようにしか得られない)」と言われています。私自身、プロの外科医として患者さんを一人の人間として尊重しながら信頼関係を築くことを心掛けています。学生たちにも常に伝えるようにしており、それぞれに個性はありますがちゃんと応えてくれます。学生が持つ能力を伸ばしてあげて、プロの医師として育てることが私の役目だと常々思っています。
Q.掛地先生ご自身の趣味やリフレッシュ法は?
A.特にないのですが、くよくよせず、ストレスをためないことかな。体を動かすことが嫌いなわけではないのですが時間が取れなくて…そろそろスケジュール管理も自分でできるようになってきたので何か始めようかと思っています。