3月号
谷川浩司十七世名人のおはなし 「好きなことを見つけよう」 1月27日、「こども本の森 神戸」で開催
好きなことに打ち込んでいると
いろんな力が自然と身につく
建築家の安藤忠雄さんが親交のある谷川浩司十七世名人を招いて企画したおはなしの会が
「こども本の森 神戸」で開催された。大階段に座った子どもたちとその保護者が将棋のことや震災のことなど
谷川名人のおはなしに耳を傾け、手を挙げて質問をして和やかで有意義な時間を過ごした。
複雑なルールがある将棋は
難しいけれど、面白い
将棋は9×9のマス目の盤と40枚の駒を使うゲームです。20枚ずつの駒を一手ずつ動かしていき、一番大事な王将を相手に取られたら終了します。世界中に同じようなゲームがありますが、日本の将棋には相手の駒を取ったら自分のものにして、また使えるという特徴があります。
1610年ごろ、当時の人が指した将棋の記録「棋譜」が残っているのでこのルールになったのは400年以上前だと言われています。人工知能AIを使った研究によるとオセロゲームはお互いが最善を尽くせば32対32の引き分けに終わる、という結果が出たそうです。複雑で難しいルールがある将棋ではAIが結果を出すのはもう少し先になりそうです。
いろんなことにチャレンジして、
好きなことを見つけよう
私は5歳で将棋と出会い、勝ち負けがはっきりつくところが楽しくて熱中しました。小学5年生で「プロ棋士になりたい」と将棋連盟奨励会に入り、中学2年生でプロ棋士になりました。21歳のとき、史上最年少で「名人」というタイトルを取り、35歳で5回目の名人を取って永世名人の資格を頂きました。
将棋を続けてきたからいろんな力がつきました。駒の動かし方やルール、勝つための戦術を覚え、記憶力がつきます。対局では次の一手を考える思考力、長い対局では集中力、いくつかの手の中から次の一手を選ぶ決断力が養われました。「身につけよう」と思ってつくものではなく、好きなことや得意なことに打ち込んでいると自然に身につきます。皆さんもいろんなことにチャレンジしながら楽しいこと、面白いこと、できれば頭を使うことと体を使うことの2つを見つけてもらえたらいいなと思います。
「将棋が好き」という原点に
戻してくれた、29年前の震災
1995年1月13日、羽生善治さんが私に挑戦する王将戦第1局に先勝し、その4日後の17日、阪神・淡路大震災が起きました。私も東灘区六甲アイランドの自宅で被災しましたが、幸いそれほど大きな被害は受けずにすみました。次の対局が控えていたので19日に大阪へ避難し、温かい食事をしてお風呂に入ったとき、当たり前だと思っていたことが実はそうではないと気付かされました。20日の対局で盤の前に座り、将棋が指せるというのはとても幸せなことなんだと思いました。
震災はとても不幸な出来事でした。でも30歳を過ぎて負けることも多くなった厳しい時期の私を原点に戻してくれました。「好きな将棋を続けたくてプロ棋士になったのに勝つことばかり考えていた。将棋を楽しもう」と思えるようになりました。
皆さんは小学校に入ると震災のことを勉強すると思います。気にしすぎる必要はないのですが、「もしこんなことが起きたらどうするか?」を時々はご家族で話し合ってください。1月1日に起きた能登の震災でたくさんの方が寒い中、辛い思いをされています。今、こうやって家族が離れ離れになることもなく、温かいご飯やお風呂があることが「決して当たり前のことではない」と、時々でいいので思い出していただけたらいいなと思います。
谷川十七世名人 一問一答コーナー
将棋や対局のこと、教えてください。
Q 一日の練習時間はどれくらいですか。
A 一番長いのは研究会の日で、朝10時ごろに自宅へ後輩たちが来て昼休憩をはさんで夕方6時ごろまでです。でも将棋の練習は盤に向かっているときだけではなく、頭の中で考えたり、スマホやパソコンを見たり、他の対局を見たり、いつでもできます。
Q 好きな駒は何ですか。
A 働きが強い駒「飛車」と「角」の中でもちょっと使い方が難しい「角」が比較的好きです。
Q 対局中、お気に入りのおやつは何ですか。
A ケーキやフルーツは好きです。おやつを食べているときテレビカメラで撮られると、「フルーツがいっぱいのったケーキはうまく食べられるかなあ」とか「ぶどうの皮はどうしようかなあ」とか心配です(笑)。
Q 印象に残っている対局の場所は?
A 40年前、名人になった箱根のホテル花月園はやはり一番印象に残っています。地元の有馬温泉でもたくさんの対局をしました。
Q 得意戦法は何ですか。
A 昔は「角換わり」が得意でしたが、将棋にはいろんな可能性があるので、今は一つにこだわらず新しい戦法にも挑戦しようと思っています。
Q 小さいときの憧れの棋士は?
A 私より大先輩の大山康晴十五世名人、私が将棋界に入ってからずっと目標にしてきた中原誠十六世名人です。
Q 将棋の指し手で失敗したことは?
A 頭の中で考えすぎて指し手を間違えてしまうことがあり、例えば3手先まで考えていて、1手目を指すときに3手目を指してしまう。集中していると時々、とんでもないことが起きることもあります。
Q 対局の始まりは、先に動かせたほうがいいですか、後で動かすほうがいいですか。
A 先手と後手ですね。先手のほうが有利とは言われていますが、それで勝敗が決まるわけではなく、難しい問題です。
Q 対局で着る着物は何枚持っていますか。
A 着物にも夏、冬、春秋用があり、初めてのタイトル戦7局、全部違う着物を誂えてもらったので30着以上はあるかな。
Q 長時間の正座は辛くないですか。
A 実家のお寺も師匠の将棋教室も畳の部屋だったので、小さいころから慣れていて辛いと思ったことはないです。
谷川名人のこと、いろいろ教えてください。
Q 谷川名人の長所はどこですか。
A 一つのことを始めると長続きすることかな。将棋は56年、阪神タイガースファンは50年以上、エアロバイクは30年近く続いています。
Q 短所はどこですか。
A 長所の逆で、一つのことに時間がかかる。若いときにもう少しいろんなことにチャレンジできれば良かったなと思っています。
Q 学校で得意だった教科は?
A ものごとを考えて答えを出すというところが将棋と共通点がある算数・数学が得意でした。小学校低学年から大人向けの将棋の本をたくさん読んでいたこともあって、国語も好きでした。
Q 好きな季節は?
A 春です。私の誕生日4月6日は子どものころ桜が満開でした。今はだいぶ季節がずれてきて、散っていることが多いのですが…。
Q 棋士以外ならどんな仕事をやってみたいですか。
A 私は小学5年生から将棋の世界に入ったので難しいなあ…好きな電車の仕事、考えることが好きだから何かの研究者になっていたかもしれません。
Q 神戸でお気に入りはどんなところですか。
A 海から山が、山から海が見えるところ。だから方角が分かりやすいのもいいですね。お気に入りは10年ほど住んでいた六甲アイランドのリバーモールかな。
Q 一つのことに集中するためにはどうすればいいのですか。
A 私も何にでも集中できるというわけではありません。将棋が好きで楽しいから集中できます。そのためには大切なのは予習と復習です。学校の授業も同じで、予習と復習をちゃんとやって理解できれば、楽しくなって集中できると思います。
Q 自信がなくなったときはどうすればいいですか。
A 子どもさんの大会でお話しするのは「負けることは悔しいけれど決して恥ずかしいことではない」。プロ棋士も最初から自信があったわけではなく、負けて悔しい思いをして、時には涙を流し強くなります。悔しい思いをすれば次は勝ちたいと思い、勝つために考えるようになります。「嬉しい・楽しい・悔しい」という感情を全部大事にしてチャレンジしてほしいと思います。
おはなしの会を終えて、谷川十七世名人に伺いました
安藤先生とは30年以上前に対談の機会を頂いて以来、親しくさせていただいています。「こども本の森 神戸」は広くてゆったりとして、本の並べ方や建物の形が普通の図書館とは違ってとても面白いですね。以前から「神戸に子どもの図書館をつくったからぜひ来てください」とお誘いいただいていて、やっと実現しました。安藤先生も仰るように、自分の力で考えることは大事です。たとえ答が得られなくても考えることに意味があり、考える材料を見つけるために本が役に立ちます。
「震災のこと、私の力で何を伝えられるだろうか?」。ずっと考え続けてきました。今年1月17日には東遊園地に来させていただきました。今日、集まってくれたほとんどが小学校就学前の子どもたちでしたので、どこまで伝えられたのかは分かりません。しかし子どもたちには感受性があります。何年かたって「あのときあんなお話を聞いたな」と思い出してくれたらいいなと思っています。