12月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第6回〜
長基線ニュートリノ振動実験
宇宙のはじまりとは―。最初に存在した最も基本的な物質、つまり素粒子を組み上げて恒星や銀河系をつくり、宇宙は出来上がったと考えられています。素粒子のひとつニュートリノを研究することで、なぜ宇宙の始まりが解明できるのか、この連載で素粒子物理学者の多田将先生に教えていただきます
前回は、ニュートリノの性質の中でももっとも重要なニュートリノ振動と、それを人類で初めて捉えた大気ニュートリノ実験についてお話ししました。今回は、そこからさらに進んだ実験、僕が現在携わっている実験についてお話しします。
大気ニュートリノ実験は素晴らしい実験ですが、ひとつ大きな問題があります。それは天然のニュートリノを使っていることです。このことは、わざわざニュートリノをつくらなくてよい反面、自分たちの思い通りにはならないことも意味しています。もっと数が欲しくても、もっと違った条件(エネルギーなど)のものが欲しくても、天然のものを利用している限りは、自然に任せるしかありません。そしてより重要なことは、自然任せだと、ある「仮定」が入ってしまうのはやむを得ない、ということです。前回、「地球上の大気の主成分はどこでも同じだから、地球上どこでも同じだけの大気ニュートリノがつくられていると考えられる」と言いましたが、本当にそうでしょうか。誰もそれを確かめたわけではありません。ブラジルは情熱の国ですから、日本よりも大気が「熱い」かも知れませんよ?
そこで生まれたのが、「人工的にニュートリノをつくって、そのニュートリノ振動を見よう」という発想です。人工的につくるのであれば、その発生量や、タイミング、エネルギーなどの条件、飛ばす向き、そういったものを全て人間側でコントロールできます。それにより、ニュートリノ振動現象を、より高精度に測定できます。我々が知りたいのは、ニュートリノ振動が起こっているか否かだけではなく、どのように起こるのか、その定量的な数値です。
ニュートリノを人工的に発生させる方法は、その原理についてはかんたんで、大気ニュートリノと同じように、標的となる原子核に、加速器で加速した高速の陽子を撃ち込み、その原子核を破砕してパイ中間子をつくり、そのパイ中間子を飛行させて自然に崩壊させてニュートリノを得ます。このパイ中間子の段階では電荷を持っていますので、電磁石を使って集束させ、ビーム状にすることができます。この人工ニュートリノビームをニュートリノ検出器に撃ち込み、検出器に到達するまでに起こるニュートリノ振動を測定します。ここで問題は、ニュートリノ振動が充分起こるためにはそれなりの時間が必要だということで、ニュートリノをつくる施設と、ニュートリノ検出器との間には、ある程度の距離が必要となることです。時間にして一〇〇〇分の一秒程度でよいのですが、ニュートリノの飛行速度はほぼ光速ですので、距離にすると数百キロメーターほどになります。もともと大気ニュートリノ問題は地球の各地から来るニュートリノを観測していて発見したわけですから、それを再現するには地球規模の距離が必要です。この距離を飛行させて行う実験を、長基線ニュートリノ振動実験と言います。
この実験は、世界で初めて、筑波にある僕の職場、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の敷地内にある加速器施設でニュートリノをつくり、それをスーパーカミオカンデまで撃ち込む、という形で行われました。人工的に生成したミューニュートリノの一部がタウニュートリノに変わり、前回の話の通りタウニュートリノはスーパーカミオカンデでは観測できないので、「消えた」量として観測されます。飛行距離は二五〇キロメーターです。KEKから神岡までということで、KEK to Kamiokaを略し、「K2K実験」と呼ばれました。この実験は一九九九年から二〇〇四年まで行われ、九九・九九八パーセントの確率でニュートリノ振動が起こっていることを証明し、同時にこの変化の具合を示す各種の数値が実測されました。
この実験が極めて優れた結果を出したことで、アメリカ合衆国のフェルミ国立加速器研究所などでも同種の実験が開始されることとなりました。日本でも、より大量のニュートリノを発生させ、かつニュートリノ振動が最大となる条件に合わせた新しい実験施設が建設され、実験が行われることとなりました。これが二〇〇四年から東海村のJ︲PARC内に建設され、二〇一〇年から実験を開始した、T2K実験(Tokai to Kamioka)です。僕はその建設を行うために高エネルギー加速器研究機構に雇われました。T2K実験では、ミューニュートリノが「消える」という現象だけでなく、それが電子ニュートリノに変化する様子を、世界で初めて捉えました(二〇一三年までで九九・九九九九九九九九九
九九四パーセントの確率)。「消える」ことを見るだけの実験は「disappearance」の実験と言い、例えば原子炉を用いたニュートリノ振動実験でも行われていますが、電子ニュートリノに変わったことを見る実験は「appearance」の実験と言い、本質的に異なるものです。「消失した」だけだと単に数え漏らしや計算間違いなどの可能性もありますが、変化した先の電子ニュートリノを測定するのであれば、これは確実にニュートリノ振動を捉えたことになるからです。こうして、このニュートリノ振動現象をより詳細に調べることが可能となりました。九九・九九九九九九九九九九九四パーセントの確率)。「消える」ことを見るだけの実験は「disappearance」の実験と言い、例えば原子炉を用いたニュートリノ振動実験でも行われていますが、電子ニュートリノに変わったことを見る実験は「appearance」の実験と言い、本質的に異なるものです。「消失した」だけだと単に数え漏らしや計算間違いなどの可能性もありますが、変化した先の電子ニュートリノを測定するのであれば、これは確実にニュートリノ振動を捉えたことになるからです。こうして、このニュートリノ振動現象をより詳細に調べることが可能となりました。
多田先生が研究する東海村にある
「ニュートリノをつくる装置」を構成する装置
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。