4月号
くらしの丘名谷 連載第3回
こうべの農と食べもので地域に幸せを!
JA兵庫六甲 常務理事
前田 憲成さん
〝生産者の顔が見える〟農産物直売所が好評のJA兵庫六甲。商品の提供だけでなく、生産者と消費者の橋渡し役として地域コミュニティづくりの役に立ちたいと話す前田さん。神戸の農業の現状や課題、JA兵庫六甲がこれから目指す方向などお聞きした。
―JA兵庫六甲の事業エリアと内容、その特徴とは?
前田 神戸市、阪神間、三田市を含み、エリア内の人口は約330万人。都市型でありながら、専業農家の組合員さんがたくさんおられるのが特徴です。お米、野菜、果樹、花卉などを生産し、特に神戸市西区は野菜、北区は酒づくりの原料になる山田錦を始めお米をたくさん作っている地域です。神戸市立のフルーツ・フラワーパークや農業公園もあり、JA兵庫六甲も一緒になった活動や取り組みをさせていただいています。好評の直売所「六甲のめぐみ」もその一つで、農業公園の入り口に場所をお借りして運営させていただいています。また市民農園も多くあり、イチゴ狩りなど観光農業も盛んです。
―JA兵庫六甲の果たす役割は?
前田 農産物を通して地域の繋がりを作っていくことが役割だと思っています。
―地域との繋がりとは?
前田 神戸市内でこれだけいろいろな農作物が取れるということは、消費者と農家の顔と顔が見える関係を築き、地産地消社会をつくっていくことが可能です。高度経済成長期とは違い、少子高齢化の時代ですから地域社会で循環していく産業モデルが必要です。そのキーワードが「食=食べもの」であり、農産物ではないかと考えています。
―「食農教育」も進めていますね。
前田 JA兵庫六甲の組合員さんに「食農せんせい」の役目を担っていただく制度をつくり、学校での出前授業や直売所でのちょっとした講演会の講師を務めていただいたりしています。農産物ができるまでの過程や苦労を地域の皆さんに見ていただき、農産物の効能から料理方法までを知っていただく場所づくりをJAの仕事としています。
―反応はどうですか。
前田 まだまだこれからですが、消費者と生産者の距離が縮まり、親しみを持っていただくという大きな効果が期待できそうです。
―生産者にとっては、多方面で事業を展開するJAは家族の暮らし全体で頼れる存在なのですね。
前田 日本の農業は、農地などの制約から家族経営が基本です。資金調達から生産・販売まで全て自前でできる大企業のようなわけにはいきませんから、そのためにJAが存在するわけです。農家経営の不足部分を補ったり、リスク軽減を図ったり、資金を融資するなどいろいろな役割を担っています。それぞれの農家が必要な部分でJAを利用していただければいいと思っています。
―私たち消費者は、地元の野菜をどこで手に入れることができるのでしょうか。
前田 従来は産地から卸売市場へ出荷し、そこへ仲卸業者や量販店が買い付けに来て、仲卸さんはそれぞれ八百屋さんに荷おろしするというのが通常の流通経路でした。最近では、農家が直売したり、JAが直売所を開設したり、また量販店が直接産地に要望を出して取り引きするケースなども増えてきています。ここ10年ほどで流通経路が多様化してきました。
―地域との連携はこれからも広げていく予定ですか。
前田 JAは農産物の生産指導と集荷するだけの立場から、農家と一緒になって消費者に直接農産物を知っていただき販売もするという立場も加わってきました。しかし全世界から集めた多くの商品を提供する量販店とは違って、JAの役割は地域との繋がりの中で農産物をお届けするという小さな仕事です。今年2月から東灘区の御影で市場の空き店舗を利用して地元婦人会と連携をし、始めた直売所もその一つです。
―新鮮、美味しい、安いというだけでなく、生産者の顔が見えるというのは消費者にとっては安心ですね。
前田 JA兵庫六甲では安心・安全・安堵な農産物づくりをスローガンにしています。トレーサビリティー(生産履歴の記録)や環境に配慮した栽培なども進めています。農薬の使用については安全な農産物の提供はもちろんですが、都市近郊の農家ですから近隣への配慮という面もあります。
―JA兵庫六甲エリアでの農業の課題は?
前田 エリア内にはたくさんの消費者が住んでおられますが、地域内の農産物自給率は一桁と聞いています。全員の胃袋を満腹にする生産量には程遠いのが現状です。一方、消費が減退し価格が下がる中、安いものしか売れない時代になっています。家族経営の小規模農家にとっては生産にかかるコストと農産物の価格とが釣り合わず、経営の採算が取れないという苦しい現実があります。地元で採れる農産物の価値を認めていただき、価格が少し高くても買っていただける社会をどうつくっていくかが課題だと思っています。利益が上がれば、農業をやりたいという人も増えていくと思います。
―若い農業従事者を増やすための対策を何か進めているのですか。
前田 専業農家を継ぐ、次の世代を対象にした農業経営者塾を開催しています。また今年から新たに、新規就農者塾を農業公園で始める予定です。農業経験がなくても、JA兵庫六甲のエリア外にお住まいでも、農業をやりたいという気持ちがあればどなたでも受講いただける講座です。
―最後に、前田さんが目指す食べものを通じた地域の幸せづくりについてお聞かせください。
前田 農産物の流通だけでなく、都市と農村を繋げることです。阪神・淡路大震災時、2日目から軽トラにおにぎりを載せて都市部へ運びました。この経験で、暮らしのすぐ近くに農畜産物の産地があるということは、人間が生きていくための命綱であり、地域同士が助け合うことの必要性を痛感しました。また企業と農家が協力して空いている農地を有効利用することも可能です。今までは、消費者と生産者が近くに住みながら遠い存在でしたが、この距離を縮めて、情報を交換することが双方の幸せに繋がるのではないでしょうか。
―大きなエリアを抱え、大きな可能性も持っているJAですね。
前田 生産者と消費者の橋渡しができる立場にありますから、地域コミュニティづくりを兼ねた役割を果たしていきたいと思っています。
―これからもよろしくお願いいたします。
インタビュー 本誌・森岡一孝
前田 憲成(まえだ のりしげ)
1956年4月生まれの55歳。1979年早稲田大学商学部卒業後は兵庫県農協中央会入会、2000年に神戸市、阪神地区の9つの農協が合併して誕生したJA兵庫六甲(本店は神戸市北区有野中町)へ移り、主に企画管理畑を歩く。2008年企画管理本部担当常務、2011年から神戸地域事業本部担当常務に就任し現在に至る。JA兵庫六甲では、食(たべもの)と農をキーにした地域社会に貢献するJA(農業協同組合)をめざしている。