4月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第十六回
医療事故の問題点について
─医療事故とは何ですか
岡田 一般的な定義としては、患者さんのもともとの病気ではなく、医療に関わる場所で医療の過程において発生する人身事故すべてを医療事故といい、合併症や廊下での転倒、医療従事者が被害者である場合も含まれます。人体は複雑な上に個人差も大きいので、予想できない事態や不可抗力による事故なども多くあり、そのような場合など明らかな過誤がなくても結果が思わしくない場合は医療事故となります。
医療事故の中には医師や看護師などのミスに起因するものとそうでないものがあり、医療機関や医療従事者の過失に原因があるものを医療過誤といいます。
─平成10年代になって医療事故が問題として注目されるようになったのはなぜですか。
岡田 平成11年に大きな事故が発生して、その頃からマスコミが大々的に採り上げるようになったからです。前述のとおり、医療事故には医療関係者の過誤がない場合もありますが、その場合でもあたかも医療過誤によるものかのように報道したので、国民の医療への不信が募っていったのだと思います。
中には悪質なものもありましたが、医療事故の中には偶発的なもの、医療費削減・人員不足といった問題が背景にあるものや、病院ないし医療のシステムに根源的な要因があるものが多くあります。ですから、基本的に医療事故については医師や看護師など個人に責任を負わせるのはいかがなものかと思います。
─法律上、医療事故はどのように扱われるのでしょうか。
岡田 明らかな過誤の場合、刑法では業務上過失致傷罪で刑事罰を問われることとなります。さらに、平成11年の都立広尾病院事件では、医師法第21条違反の嫌疑がかけられました。この法律では異状死の場合に医師は24時間以内に警察に届け出なければならないと定められていますが、これは昭和20年代に犯罪や伝染病が疑われる場合を想定し定められたもので、病院での死亡は対象になっていなかったのです。
しかも昭和24年に旧厚生省は「医療は警察への届け出対象ではない」と通知しています。にもかかわらず、法医学会のガイドラインを受けた厚生労働省が警察への届け出を促し、医師の方が混乱して過誤の有無にかかわらず医療事故の場合に警察に届けるようになったため、刑事事件立件が急増したのです。その後、医師法第21条に対する理解が深まり、届け出件数は減少しました。
─医療事故調査の国際的な指針について教えてください。
岡田 WHOのガイドラインでは、医療事故調査においては「自発性」「秘密性」「罰しないこと」「専門家による分析」「独立性」の5つが重要だとしています。つまり、真に医療事故の原因究明・再発防止のみを目的とした組織づくりが必要なのです。
─日本に医療事故の調査組織はあるのですか。
岡田 平成19~20年に厚生労働省が調査機関設立の試案や大綱案を作成しましたが、医療死亡事故の届け出を義務化して場合により捜査機関への通知をおこなうなどWHOの指針とはかけ離れていて反対に遭い中断、民主党もその対案を出しましたが、現在計画はストップしています。
─医療に刑事罰を適用すると、わたしたちにどのような影響があるのでしょう。
岡田 医師は安心して医療をおこなえる環境を望んでいます。刑事罰に問われる恐怖感は医師を萎縮させ、リスクの高い医療行為からの撤退へと導き、ひいては医療崩壊の要因になります。危険な手術を「できません」と避けるのが医師自身を守る最善の方法である以上、例えば高度な技術を要する場合など、明らかに難しくリスクの高い手術を担当したがらないのは当然です。偶発的事故のリスクが高い産婦人科や救急、外科などの分野では、現に専門医が減少しています。つまり、危険を伴う医療を担う人材がいなくなり、救える命を救えられなくなるのです。
─医療事故に対し医師会はどのように取り組んでいますか。
岡田 医療は不確実な部分も多く、常にリスクがつきまといますが、医療事故を防止するためにさまざまな角度で取り組んでいます。兵庫県医師会は医療事故に刑事罰を適用することはふさわしくないと考えています。そう訴える以上、医師への信頼を取り戻さなければいけません。そのために倫理自浄作用活性化委員会において倫理的な問題のある医師に対して医師会としての対応を検討しています。また、医療事故に関する講習会を開催し、医師の意識向上に努めています。医療事故の根幹となる医師不足や医療費などの問題にも積極的に取り組んでいます。
岡田 泰長 先生
兵庫県医師会医政研究委員会委員
岡田泌尿器科院長