4月号
神戸市医師会会長インタビュー 患者の利益を考えた、人にやさしい医療を
幅広く積極的に「もの申す」
─本年度も引き続き神戸市医師会の会長を務められますが、どのように活動をしていきたいと考えていますか。
本庄 3つの視点を大切にしたいと考えています。ひとつは外に向けての対外的な視点、そして医師会内部への対内的な視点、さらに人材育成という3視点です。
─対外的には、具体的にどのような活動を重視しますか。
本庄 神戸市医師会は政令指定都市などで構成する14大都市医師会の中でも、最も危機管理意識の高い医師会のひとつです。そのため新型インフルエンザ対策会議以外に、いつ発生してもよい東海・東南海・南海地震による大地震・大津波への神戸市医師会としての対応策を本年度中に作成しようと協議しております。インフラに関しては神戸市が担当しますが、保健・医療・福祉の分野については、われわれの専門分野ですので、昨年5月から対策会議を立ち上げ、神戸市歯科医師会や神戸市薬剤師会、兵庫県看護協会、さらに神戸市の保健福祉局、危機管理室とともに協議しております。
また、医療や医療制度に関連する分野において、神戸市や兵庫県、あるいは国に対し神戸市医師会としての意見を具申しています。今年に入ってパブリックコメントをすでに8件提出いたしました。
─パブリックコメントではどのような提言をしたのでしょうか。
本庄 まず、医療機関の税制に関する要望書を民主党に提出しました。地域連携パスに関する意見や診療報酬改定に関する理念、さらに医療提供体制(在宅医療)に関しても厚生労働省に意見書を出しています。また新型インフルエンザ対策に関する行動指針や特別措置法案、ヒトゲノム・遺伝子解析に関する倫理指針、高齢者終末期医療やケアに関する医療連携体制、ジェネリック医薬品について、国に対して幅広い分野でパブリックコメントを提出してきました。
─ヒトゲノムについての提言があるということですが、それだけ研究が進んでいるのですか。
本庄 ヒトゲノム・遺伝子解析研究のスピードが著しいだけに、5年前に決めた倫理指針では充分にカバーできない分野が出てきています。近い将来、おじいちゃん、おばあちゃんの世代から孫の世代まで、3世代4世代の血液や唾液を採取し遺伝子解析した結果から、何才ぐらいからどのような病気が出てくるのか、またはどのような体の変化が何才からおこるなどが予想できるようになる可能性があり、遺伝子の情報を用いて予見的に病気の発症を防いだり遅らせたりする医療(先制医療)が出現してくるでしょう。
しかしヒトゲノム・遺伝子情報の管理に関して、ひとつ間違うと医の倫理に関わる問題が出てきます。遺伝子の情報は個人のみならず、その家族や血縁者にも関わってくるだけに、遺伝子情報管理・操作について、いかにセキュリティをかけるかが重要です。そこで、ヒト遺伝情報の収集・利用・保管・廃棄は、医の倫理として潜在的危険性を持っていますので、倫理的な視点からパブリックコメントを厚生労働省に提出しました。
─高齢者医療のあり方も大きな課題ですね。
本庄 厚生労働省は在宅医療の数値目標を定めようとしています。病院で亡くなる方をできるだけ在宅の看取りにしようとする方策であります。これから超高齢化社会とともに、「高死亡社会」がはじまります。その状況で医療費が多く使われる可能性があるのは、病院での末期症例なのです。国の本音は医療費削減にあり、患者や家族の意向を無視し国が国民の死亡場所さえ決める時代になろうとすることに対して、異論を唱えました。
─ジェネリック医薬品に関してはどのような意見ですか。
本庄 国は薬価の安いジェネリック医薬品を使用する政策をとろうとしています。例えば病院で処方せんを出すときに、薬品の商品名ではなく一般名(成分名)で記するように促しており、その上で調剤薬局では、ジェネリック医薬品の割合が高いほど報酬が良くなる仕組みにしています。しかし、先発医薬品とジェネリック医薬品ではまったく同じではありません。成分割合は同じでも、溶解度が異なり効果に差が出る事を経験いたします。処方は医師の責務であり、処方した薬に医師が責任を持つものですので、国のやり方は行き過ぎだと思います。
─対外的には関西イノベーション国際戦略特区などについても問題を指摘していますが、何が問題なのでしょうか。
本庄 大きく2つあります。1つは新しい医薬品や医療機器を作り、医療関連産業として盛んにする事には賛成ですが、それらの審査過程を規制緩和して、簡略化する事には反対しています。審査は安心・安全を確保するため充分にやってもらいたいと考えています。
もう1つは、先制医療の研究に関する事です。先制医療(発症前医療)の研究には多数の方の遺伝子情報やメタボローム情報等が必要です。そのためそれらの情報をデーターベース化する必要があるのですが、遺伝子情報、メタボローム情報等を集める際(コホート調査)、またデーターベース化する際の倫理問題を前もって第三者委員会で決めておく必要があると思っています。つまり、ヒト遺伝子情報及び解析に関する倫理問題の整理を充分にしてからの研究ではないかと考えています。
「学問のため」とか「研究のため」ということで「医の倫理」、「生命倫理」を踏み外してはならないと考えています。
─県立こども病院がポートアイランドへ移転する事が検討されているようですが。
本庄 ポートアイランドでの建て替えには断固反対です。神戸市医師会のみならず、兵庫県医師会、神戸市小児科医会、神戸市産婦人科医会とも反対の立場です。こども病院は開設から40年余が経過し、建物は老朽化し、より高度な医療ニーズに応えるためには充分な空間と医療機器が必要となりますから、建て替えの必要性があることは理解しています。
しかし、ポートアイランドでは防災上問題があります。将来、東海・東南海・南海の三連動地震や津波の被害を受ける可能性があります。仮に病院は無事でも、周辺の再液状化や神戸大橋を挟んだ対岸の浸水被害等で、アクセスの混乱が予想されます。また、先端医療センターのバイオハザード(生物学的危険)のリスクも存在します。
─一方で中央市民病院に併設されるとメリットがあるのではないでしょうか。
本庄 同じ機能の病院がお互いの足りない所を補完するなど確かにメリットはあるかもしれませんが、逆にリスクもあるのです。中央市民病院もこども病院も小児救急医療や周産期医療センターとしての機能を有していますが、同じ機能を有する医療施設が同じ場所にあるというのは危機管理面で大きな問題です。どこの国でも住民の命を預かる拠点病院を併設することはせず、分散させるのが基本です。昨年の東日本大震災で、石巻市では沿岸の市民病院は壊滅しましたが、高台の赤十字病院で多くの命が救われたことは記憶に新しいところです。相互補完や連携を考えるなら30分程度で移動できるような立地が望ましく、緊急時はヘリコプター等を活用すれば良いのです。
こども病院は県立で、兵庫県としての小児・周産期医療の重要拠点ですし、中央市民病院は神戸市民の重要な小児・周産期医療の拠点です。現在のこども病院は第二神明道路須磨ICの脇なので車で播磨方面と直結し、播磨エリアから患者さんの利用や子ども・妊婦の搬送が増えています。もしポートアイランドに移転すれば西からの動線が長くなりますので、県民意識からすれば問題だと思います。そのため、神戸市医師会としては県民全体の意識と利益を考え、現在地またはその周辺での建て替えが望ましいと考えています。
新しい時代を担う人材を育成
─対内的な活動ではどのようなことを重視しますか。
本庄 神戸市医師会は会員が約2700名の全国的にもメガ医師会です。激変する医療環境の中、日々の診療の中でさまざまなストレスや、実務的に困ったことが多く出てきています。そのようなことに対し、より拠り所となれるような医師会にしていきたいと思います。そのためにも医師会の敷居が高いと言われないようにしないといけません。情報伝達につきましては会長挨拶を週報にして、医療環境の変化の速さに対応しタイムリーな情報提供をおこなうようにしました。その上で、会員の先生方の疑問等に答えるため双方向性のコミュニケーション(目安箱)を今後すすめていきたいと思います。
─人材育成に関しては、どのように進めていきますか。
本庄 神戸市医師会は兵庫県医師会と表裏一体の関係ですので、兵庫県医師会を支える人材をわれわれが育成しなければいけないと思っています。一方、神戸市医師会の活性化のためにも、良い人材が必要です。役員の世代交代のスピードも上げていかなければいけません。いつまでも年配の者がリーダーシップをとってやっていっては追いつきませんので、若い方を積極的に登用したいと思います。そのために神戸市医師会活性化検討会議を設け、各区の医師会で活躍する若い先生方にも来ていただいて、テーマを決めてディスカッションをしています。もちろんその中で理事に抜擢することもあります。ディスカッションが活発になれば疑問や意見を持つ先生方がより多く集まってきますから、どんどん輪が広がり人材も育っていくと思います。
(社)神戸市医師会会長 本庄 昭(ほんじょう あきら)
奈良県立医科大卒。川崎病院(神戸市兵庫区)内科副部長などを経て1986年、神戸市灘区に本庄医院を開設。2010年4月から(社)神戸市医師会会長を務める。