4月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol64 ■未来実装家■ 藤本弘道さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
第65回は、ヘルスケア、災害現場などで人をアシストするパワーアシストスーツや、工場や研究施設などで活躍するロボットハンドなど最新のロボティクス技術の研究開発に取り組む未来実装家、藤本弘道さん。AI技術を駆使したロボティクスの未来とは…。
文・戸津井 康之
写真・竹田 武史
ロボティクスが変える未来…
技術革新への未来実装家の挑戦
奈良から世界へ
藤本さんは2022年5月、奈良市内で創業した株式会社「SHIN-JIGEN」のFounder(創設者)で、同年8月に創業したロボットハンドの研究開発などを行う株式会社「Thinker」のCEO(最高経営責任者)を務めている。
両社が手掛ける研究開発の分野は広い。パワーアシストスーツやロボットハンドの研究開発から、下水道などの排水管の故障を予測し、事前に事故を防止するシステムの研究開発まで、個人に特化した対応の技術からインフラ対応の技術まで、その研究開発のジャンルは多岐にわたる。
CEOなどの役職を担うが、「肩書は何ですか?」と聞くと、藤本さんは「未来実装家です」と答えた。
「今、私たちが取り組んでいるのは、ロボティクスとAI(人工知能)の技術をベースに、個々の能力を最大限引き出すこと…。会社が目指しているのは〝未来実装カンパニー〟なんです」と語気を強める。
だから、この思いを込め、肩書はCEOではなく〝未来実装家〟なのだと。
奈良市内の「ならやま研究パーク」の一角に、藤本さんが創業した二つの会社の開発拠点がある。
そのオフィスの正面玄関は全面ガラス張り。太陽の自然光が降り注ぐ、明るい平屋建てのフロアに、机が整然と並べられ、机の上にはパソコンや研究中のロボットハンドなどの機器が並び、研究スタッフが、それぞれの研究開発を行っていた。
「実はここは、元々は三輪そうめんの手延べ体験ができる施設だったんですよ」
ロボティクスの最新テクノロジーの研究が、かつて、奈良伝統のそうめんの手延べ体験施設だった…。
対照的ではあるが、ともに後世へと引き継ぐ必要のある技術の伝承といえる。
その時代に応じた技術の〝時空を超えた伝承〟。そこで取り組まれている光景は、歴史の保護と最先端科学技術の研究開発に力を入れてきた奈良らしく、奈良ならではの時代の変遷を感じさせる空間のように思えた。
SF世界の実現
大阪で生まれ、奈良で育った。
中学生のころからSFが好きで、米国の生化学者で作家のアイザック・アシモフや、英国の作家、アーサー・C・クラークなどのSF小説を愛読してきた。
SFドラマ、映画も好きで、最も影響を受けた作品を尋ねると、「『スタートレック』です」と即答が返ってきた。
SFドラマ、映画の『スタートレック』シリーズの最初の『宇宙大作戦』がテレビ放送されたのは1966年。以来、何度もドラマ化、映画化が繰り返されてきた。
「でも、もう、当時、シリーズで見てきたSF技術に、現代のテクノロジーはどんどん追いついてしまいましたね」と語る。
『スタートレック』に登場する人気キャラクー、レナード・マッコイ医師が、健康診断のために、人体をスキャンする携帯型の端末「トライコーダー」は、「まるで現代のスマホ(スマートフォン)ですよね」と笑った。
『スタートレック』で、「トライコーダー」は多目的の携帯分析装置として登場。情報通信端末として、未来、つまり現代のスマホの登場を予見するような夢の機器だった。
多目的端末の開発は、もう絵空事ではなくなっている。
現在、藤本さんたちは、個人個人の健康状態をAI技術やロボティクス技術などを使って、分析、解析できるソフトやハード(装置)などの研究開発を進めている。
「この技術によって人は現在の健康状態を知るだけでなく、将来の病気を予見することもできる。そんな技術を研究中です」
『スタートレック』のトライコーダーが誕生する日は近いかもしれない。
藤本さんが、SFの世界に魅了された大きな理由は、「実はロボットでなく、SFの世界の具現化」だったという。
世界に挑む日本のロボティクス
藤本さんは、大阪大学大学院から松下電器産業(現在のパナソニック)に入社。31歳のときに、社内ベンチャーに応募し、2003年、「アクティブリンク」(後に「ATOUN」に改名)を起業する。
ここでパワードスーツの研究開発を19年間、続けてきた。
藤本さんに筆者が初めて会ったのは今から12年前。2014年に遡る。
このとき、産経新聞文化部で映画を担当していた筆者は、この年に公開されたトム・クルーズ主演の話題のハリウッドSF大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』を藤本さんに考察してもらうため当時の会社を訪れた。
舞台は近未来。エイリアンと戦うために、軍人のトム・クルーズはパワードスーツを身につける。生身の人間のままでは、巨大なエイリアンと戦うことができないため、パワードスーツのアシストで戦闘能力を上げてエイリアンとの闘いに挑むのだ。
この取材の際、藤本さんに、「映画で出てくるようなパワードスーツをつくることは可能ですか?」と聞くと、「可能ですよ」と自信を込めて即答したのが強く印象に残った。
SF映画好きの藤本さんは、また、「実は『メン・イン・ブラック』に、私たちが手掛けたパワードスーツが登場する、という計画もあったんですよ」と教えてくれた。
米の人気俳優、トミー・リー・ジョーンズが活躍するあの世界中で人気のSF映画シリーズに、日本のパワードスーツが登場して活躍する。夢が広がる話だった。
あれから12年…。
「もちろん技術は進んでいます。だからパワードスーツの改良などは十分可能ですが、実は人が介在してなくても無人でロボットを動かすなど、今では人が危険な作業をしなくてもいい技術や研究も進んでいます」
現実に今、ドローンが、無人で物を遠くへ運んだり、人の目ではとらえられなかった高所からの映像を届けてくれる。そんな時代が 始まっている。
見えてきた未来実装社会
12年後に取材した藤本さんは、それらを今、実現し、具現化しようとしていた。
二つの企業で、次々と新たな研究開発に取り組んでいる。
その一つが、水道の下水管の故障を予知する技術の開発。
「クラウドではなく、現地(オンサイト)で情報を集積し、AIで故障を予知する高度な技術です」と説明し、「これまでのAIはクラウドでの活用。つまり、膨大な情報(ビッグ・データ)を集積し、万人に通用するような技術。今、私たちが取り組んでいるのは、個々人や、それぞれの現場で求められている技術。つまりクラウドではなく、オンサイトでのAI技術の活用です。その現場、現場に応じ求められた情報を分析し、技術を提供していくことです」
目指しているのは、「個々の能力を最大限引き出すための研究開発」だ。
「最大公約数で使おうとしている現在のAI技術は、間もなく古い技術となるでしょうね」とも語る。
世界各国が競い合いながら研究開発を進めているAI技術、ロボティクス技術の最前線に、今、藤本さんは立っている。
ブレークスルーし、克服すべき課題は、まだまだ多いとも…。
「個人個人や、その工場ごと、研究施設や排水管設備など。これまでの万人のためのAI技術ではなく、個々に対応できるAI技術、ロボティクスでしか、通用しない時代に入っているといえます」
これまでの技術でクリアできずに残された課題は、研究開発のうえで、より困難で、ハードルの高いテーマであることも理解している。
未来実装を見据えた社会。その実現のために、未来実装家、藤本さんの挑戦は続く。

ロボットハンドの進化も目覚ましい

薄いレンズをつかむロボットハンド。高度な技術が求められている

2年前の能登半島地震の被災現場でも、重い瓦礫の撤去などでアシストスーツが活躍した

未来実装家としての夢を語る藤本さん
藤本 弘道 (ふじもと・ひろみち)
1970年、大阪で生まれ、奈良県で育つ。大阪大学大学院工学研究科原子力工学科修了。松下電器産業(現在のパナソニック)に入社し、社内ベンチャー制度へ応募し、2003年、株式会社「アクティブリンク」(後に「ATOUN」に改名)を起業する。2022年5月、株式会社「SHIN-JIGEN」を創業。同年8月、株式会社「Thinker」を創業し、CEOに就任する。












