1月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から 116 「古民家と出石蕎麦」
前号に続いて出石ネタである。
久しぶりに訪れたのだ。
今回は自分の運転ではなく、大阪の娘一家の車に便乗してのもの。計六人の一泊旅行。
急に思いついてのものだったので宿泊先がなかなか見つからず、やっと予約できたのが但東町の古民家一棟借り。これが面白かった。
天井は真っ黒にすすけている。その昔、囲炉裏で火を焚いたのだろう。担当の管理人さん、「風が吹いたら天井からゴミが落ちてくるかも」などとおっしゃる。そして、さかんに、
「なんにもない所ですよ」と。
いやいや、星がきれいだし、都会にはない自然がいっぱい。掘り炬燵もあってまったりできる。
別に離れもあって男組と女組三人ずつに別れてお泊りすることにした。
「ところで熊は出ませんか?」とお尋ねした。すると、「明るいうちは大丈夫です」だって。
オイオイでした。
しかし、東北では今年不作だったというドングリなどの餌が但馬地方では豊作で、「人里までは出てきません」とのこと。
広い庭では早速孫が小石を積んだりして遊んでいたが、材料を持ち込めばバーベキューも可能。
置かれていたメッセージノートには、過去に泊った人が庭にかわいい鹿が出てきたことなども書いていた。
トイレや洗面所などはきれいにリフォームされていて清潔。
風呂もあったが、これはちょっと…、という感じで、タイアップしている近くの「シルク温泉」にみんなで。
ここでわたしはドジをした。
脱衣場の脱衣箱に衣服を収めて、さて鍵を、と思ったら百円コインを投入しなければならなかった。後で返ってくるという、よくあるやつ。ところがわたし、一銭も持っていなかった。もう裸になった後、どうしたものかと思案していると、そばにいた男性が「どうぞ使って下さい」とコインを提供してくださった。見ず知らずの者になんという優しさ。
とろりとしたシルク温泉の湯と、但馬人のあたたかい心に大いに癒されたのだった。
夜、寝る時だが、布団に入ってから枕元でなにやら物音が。ガサガサしているのは一匹のカメムシだった。時にブ~ンと飛んだり、そばのカーテンに止まったり。仕方ないですね、田舎の古民家ではどこかから侵入します。顔面にでも止まらないかとしばらく気になったが、疲れからかそのうち寝落ちしてしまった。他愛のない爺さんです。
明くる日は出石の町へ出たのだが、丁度「出石お城まつり」というのをやっていた。大きなお祭りで屋台が並び、大名行列などもあり大賑わいだったが、今回の旅行では予期していなかった。
土産物屋の喫茶ルームで休んでいると、妻がいきなり大声を出した。
「あれっ!○○さん!」と。
昔の同級生に出会ったのだ。さすがに故郷のお祭りである。
そのあと町をそぞろ歩きしていると、娘が「これは?」と。
ある蕎麦屋さんの店先の句碑である。
わたし、「あ、山口せいしの句や」と。
「誓子と書いてせいしと読む。有名な俳人。男の人」と。すると、「なんでそんなこと知ってるん?」と言われてしまった。
ちょっと文学やる人なら知ってることなんですけどね。
「ホトトギス4S」の一人。
昭和初期に俳句雑誌『ホトトギス』で活躍した水原秋桜子・山口誓子・阿波野青畝・高野素十の四人の俳人の通称。それぞれの名前に共通する「S」の頭文字から。
因みに誓子はわたしが住む西宮に居住した俳人。もう一つ言えば、阿波野青畝も西宮に住んだ人で、その短冊が「書斎・輪」に飾られていることは、以前この欄に書いたことがある。
そうだ、誓子の句碑だった。
新蕎麦を刻む人間業ならず 誓子
これはお蕎麦を食べて帰らなくてはなりません。
田辺聖子が「コシのあるしこしことした蕎麦は、すすりこむには手応えも存在感もありすぎて、簡単にはいかない。町は典雅でものやさしいが、この蕎麦は、たけだけしい」と小説「お気に入りの孤独」に書いた出石蕎麦を。

(実寸タテ16㎝ × ヨコ11㎝)
■六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
■今村欣史(いまむら・きんじ)
兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。












