06.16
WEB版・スペシャルインタビュー|
映画監督 李相日さん
構想15年以上を費やした『100年に1本の芸道映画』
期待されるハードルを越える自信
■カンヌに次ぐ京都での熱狂
後に「国宝」となる一人の歌舞伎役者の壮絶な半生を描く大作映画『国宝』が、6月6日、全国の映画館で封切られた。一足早くお披露目されたフランスのカンヌ映画祭では6分間のスタンディングオベーションで大絶賛された話題作が、遂に日本でベールを脱いだ。
「撮影期間は3カ月。ですが、脚本に数年間を費やし、撮影後の編集作業にはこれまでの作品の2倍以上の時間をかけています。とにかく見てください」
5月30日、京都の世界遺産「真言宗総本山 東寺」で開催されたジャパンプレミア。荘厳な金堂に設置された舞台の上に立ち、李相日監督は、こんな渾身の言葉で、熱く、詰めかけた約600人の聴衆に向かって、語りかけるようにあいさつした。
境内に特設された巨大スクリーンを使い、この夜、初めて企画された一般参加者向けの試写会が始まる直前。舞台から退場する際、李監督が3度立ち止まって、深々と観客に向かって頭を下げる姿が印象的だった…。
このイベントの数時間前。京都市内で李監督を取材し、映画完成までの過程について聞いた。
李監督が明かしてくれた、その答えは驚きの連続だった。
「構想期間は正確に話せば15年以上になります。映画化が決まってからも、完成までに5年以上かかっているんですよ」
『国宝』の原作となる小説は2017年に新聞で連載が始まり、2018年に単行本が刊行されている。原作者は吉田修一。
李監督が吉田の小説を原作に、映画化するのは『悪人』(2010年)、『怒り』(2016年)に次いで今作で3作目だ。
「実は『悪人』が公開されたころに、歌舞伎の世界を映画化したい。そう構想し始めていたんです…」

■さらなる高みを目指し
2006年に公開された『フラガール』で日本アカデミー賞の最優秀作品賞、最優秀監督賞など主要賞を独占して受賞。その後も、渡辺謙主演の『許されざる者』(2013年)、『流浪の月』(2022年)など、重厚なテーマ性とエンターテインメント性を両立させた話題作を次々と映画化してきたが、その間も、「日本の古典芸能である歌舞伎の世界を映画化できないか。そんな思いは映画監督として、ずっと温めてきたテーマだったんです」と打ち明けた。
《後に国宝となる男、立花喜久雄(吉沢亮)は任侠の一門に生まれるが、父を亡くし、上方歌舞伎の名門の当主、花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎の世界へ。半二郎の息子、俊介(横浜流星)と喜久雄は兄弟のように育てられながらも、ライバルとして厳しい歌舞伎の世界をともに駆け上がっていく…》
李監督の演出の厳しさは映画界では有名だ。「まず、二人には〝歌舞伎役者となってもらうため〟に一年以上の準備期間をかけて、撮影に備えてもらいました」と言う。
『二人道成寺』『連獅子』など人気の演目を、吹き替え無しで演じ切る二人の姿は、女形を極めようと精進する歌舞伎俳優そのものの人生を見せつけられるようで胸を揺さぶられる。

主人公・喜久雄を演じる吉沢亮
半二郎の妻であり、俊介の母を演じた寺島しのぶは、舞台あいさつで、李監督の撮影現場の厳しさについて話題が出た後、「二人の歌舞伎の場面の撮影は、これでもか、と何度も繰り返し続きました。できるなら、私はタオルを投げ入れたかった」と話し、「でも、この二人の努力によって、素晴らしい映像になっています」と続けた。
ボクシングの試合では、セコンドがタオルを投入して試合をストップさせることができる。だが、今作の撮影現場ではそれが許されなかった。
そんな妥協無き現場から、この映画『国宝』の映像は紡ぎ出されていった。

喜久雄と互いを高め合う俊介・横浜流星
『許されざる者』でタッグを組んだ渡辺謙に、『国宝』の映画化について、李監督が相談すると、「これを映画化するのか…。かなりの覚悟がいるよ。そう渡辺さんからは言われました」と明かす。しかしその後、正式に出演依頼すると渡辺は快諾してくれたという。
「私の覚悟を渡辺さんが理解してくれたのだと受け取りました」と李監督は静かに笑みを浮かべた。
幼いころから歌舞伎役者の頂点を目指し、俊介と切磋琢磨する喜久雄。だが、名門の家系に生まれ、後を継ぐ運命に生まれた俊介との、あまりにも違う自らの血筋に苦悩する喜久雄。
才能は血筋を凌駕できるのか…。
撮影スタッフは、李監督のもと〝鬼才〟が結集した。フランス人カメラマン、ソフィアン・エル・ファニのファインダーがとらえた重厚な映像に、ベテラン美術監督、種田陽平が手掛けた歌舞伎舞台などの比類なきセット、その映像に寄り添うのは音楽家、原摩利彦が作曲した劇伴…。
伝統の歌舞伎の世界の厳しさを表現するにふさわしい臨場感あふれる映像に、雄大な音楽。観る者は誰しもが心震わされるに違いない。

東寺(京都市)にてジャパンプレミア開催
■ハードルを超え続ける宿命
華やかなカンヌの会場で、大歓声と拍手のスタンディングオベーションを眺めた渡辺は、「喜久雄がたどりつき、彼が見たのは、この光景だったのではなかったか…」と語っている。
「同じ思いでしたか?」
そう李監督に問うと、こう返された。
「私ですか?まだまだですよ。自分はまだ、途上にあると思います。まだその先にある光景を見ていない。だから、これから見たいと思っています」
盟友の吉田修一は、この小説『国宝』を執筆するために、黒衣となって歌舞伎の世界で三年間修業したという。その吉田が、完成した映画を観た後、こう感想を述べている。
「100年に1本の壮大な芸道映画」だったと…。
国内外の高い評価を受け、李監督に課せられたプレッシャーの大きさを想像するが…。すると、李監督の答えはこちらが想像したハードルを軽々と超えた。
「映画を観る前の観客の方たちのハードルが、どんどん高くなっていることが分かります」と話した後、こう続けたのだ。
「約3時間の映画ですが、決して長いとは感じないはず。観る前の期待のハードルを確実に超える作品になっている。そう信じています」
ふだんは物腰が柔らかく、誰にも謙虚な李監督が、そう力強く宣言した。
(文=戸津井康之)

『国宝』
監督 : 李相日
原作:吉田修一「国宝」(朝日新聞出版刊)
出演 : 吉沢亮
横浜流星/高畑充希 寺島しのぶ
森七菜 三浦貴大 見上愛 黒川想矢 越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作 宮澤エマ 中村鴈治郎/田中泯
渡辺謙
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会
6月6日(金)より、OSシネマズミント神戸ほか全国公開中!
公式サイト:https://kokuhou-movie.com/












