1月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第31回〜
〜第31回〜 「ついに暗黒物質の存在を捉えた?」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する―――日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回と前々回の二回にわたって、「冷たい暗黒物質」の候補二つ、ニュートラリーノとアクシオンの探索実験についてお話ししました。ちょうどその折も折、「冷たい暗黒物質」の証拠を捉えたかもしれない、というニュースが飛び込んできました。今回は、この実にタイムリーなニュースを採り上げてみましょう。
二〇二五年十一月二五日、東京大学理学研究科の戸谷友則先生のグループが、暗黒物質の存在を示す信号を捉えたかもしれない、と発表しました。これは、前回や前々回にご紹介した、実験室での探索実験ではなく、天体の観測によるものです。二〇〇八年にアメリカ合衆国の国立航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration、NASA)によって打ち上げられ運用されている、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(Fermi Gamma-ray Space Telescope)という人工衛星が観測し蓄積しているデータを解析したものです。その名前の通り、宇宙の彼方からやってくるガンマ線を観測する衛星です。戸谷先生のグループは、このうち、銀河中心方向からやってくるガンマ線のデータを解析しました。銀河中心というのは、無数の星々が密集しているところで、したがってそれらの星々が発する「普通の」ガンマ線も大量に放出されています。その中から、暗黒物質由来としか考えられない信号だけを抽出したものです。東京大学からのプレスリリースにも書かれていますが、それは大変な作業だったそうです。前回と前々回でお話ししたように、暗黒物質からの信号はほんとうに微弱で、それ以外の「雑音」のほうが何桁も大きいのですから、それも当然と言えます。
第26回で、「冷たい暗黒物質」の候補として、「WIMP(Weakly Interacting Massive Particle、弱く相互作用する重い粒子)」についてご紹介しました。その一例がニュートラリーノでしたね。このWIMPは、とても重いため、衝突するとその衝撃は相当なものです。我々になじみ深い「普通」の物質(粒子)に衝突した場合、それを弾き跳ばしてしまうので、その弾き跳ばされた「普通」の粒子を測定する──それが第29回でお話しした、ニュートラリーノはじめとするWIMPの検出の方法でしたよね。そのときは、WIMPと「普通」の物質との衝突を利用する話でしたが、WIMP同士が衝突することもあります。このときの衝突の様子を理論的に解析すると、その衝突の衝撃でいろいろな粒子が生まれることがわかります。僕が携わっているニュートリノ振動実験でも、粒子の衝突の衝撃でニュートリノを生み出しているのでしたよね(第5回と第6回)。このWIMP同士の衝突で生まれる粒子の中で、もっとも重要なのは、ボトムクォークと反ボトムクォークです。ボトムクォークは物質を構成する素粒子のひとつとして、第4回で登場しました。反ボトムクォークはその反粒子で、反粒子については第7回でお話ししましたね。そして、第7回では、粒子と反粒子が出逢うと、対消滅を起こして、光になるという話もしました。この光というのが、ガンマ線です。つまり、WIMP同士の衝突で、最終的にガンマ線が発生するのです。戸谷先生のグループによる解析では、「雑音」の中から拾い出した「信号」は、陽子の質量の二〇倍に相当するエネルギーを中心としたガンマ線でした。これは、理論計算によると、陽子の質量の五〇〇倍のWIMP同士が衝突したときに発生するガンマ線に相当します。第27回でお話ししたように、WIMPのひとつであるニュートラリーノの質量は陽子の五〇倍から三〇〇〇倍だと考えられています。もしこれが本当にWIMP同士の衝突による信号であるなら、その質量が一気に絞られたことになります。暗黒物質という、正体も質量も謎の粒子の性質が、ここまで絞られるとしたら、その探索の道程は一気に進んだことになります。
プレスリリースにあるように、これが本当にWIMPからの信号なのかどうか確定させるためには、これから多くの検証や研究を必要としますが、今回の成果は、暗黒物質の研究を大きく前に進める偉大な一歩となる可能性が高いです。本誌のこの連載で暗黒物質の探索実験について書いていたまさにこのときに、この大きなニュースをお伝えできたことは、絶妙のタイミングでした。
東京大学によるプレスリリース
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10983/
PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












