6月号

大阪アジアン映画祭特別企画 ② スペシャル・インタビュー
タイ発!空前のヒット作『おばあちゃんと僕の約束』
俳優 ウサー・セームカムさん
タイで昨年公開された一本の映画が世界を席巻している。タイの人気歌手で俳優、ビルキン演じる主人公の孫と、ウサー・セームカム演じる祖母との絆を描いた『おばあちゃんと僕の約束』は、アジア各国で公開されるや空前のブームを巻き起こし、米アカデミー賞国際長編映画部門ショートリストにタイ史上初めて選出された。6月13日の待望の日本公開を前に初来日した〝国民のおばあちゃん〟ことウサーに、ヒット作誕生の背景を聞いた。
〝国民のおばあちゃん〟と呼ばれるまで
タイ映画界に彗星のように現れた〝国民のおばあちゃん〟の人気は、国内にとどまらず、世界各国から映画などへの出演依頼が殺到している。
「マレーシア、シンガポール、中国などから出演の依頼が来ていて、先日、中国で新作映画の撮影現場に参加してきました。日本の映画にもとても興味があります」
初めて来阪したウサーは長旅の疲れも見せず、にこやかに話し始めた。
今年3月、大阪市で開催された『大阪アジアン映画祭』で、『おばあちゃんと僕の約束』がお披露目された。会場を埋めた観客の多くが涙を流しながらスクリーンに見入っていた。
「実は完成した映画を見て、私自身が泣きました。自分の出演作なのにね」
こう明かすと、随伴して来日した長女が隣から「母の出演作なので、娘の私が泣くはずがない。見る前はそう思っていたのに鑑賞中、ずっと泣いていました」と照れくさそうに話した。
舞台はバンコク。中国系タイ人の青年、エム(ビルキン)は母との二人暮らし。従妹のムイが祖父の遺言で豪邸を相続した話を知ったエムは、がんを患う一人暮らしの祖母、メンジュ(ウサー)の介護人を申し出る。遺言で遺産を得ようと目論んでいたエムだったが、一緒に暮らすうちに、祖母との絆は親戚の誰よりも深まっていく…。
「当初、渡された脚本を読んで不安でした。私の出演場面は多く、セリフも膨大でしたから覚えられるか、とても心配で…」
そう明かすのも無理はない。ウサーにとって長編映画の出演は初めてだった。
「セリフをすべて書き写しながら、目と手に焼き付けることにしました」と彼女は言う。
「役作り?私が長編で演じるのは初めてですからね。演じるのではなく、私はメンジュに成りきろう。そう決意しました」
タイを代表するスターであるビルキンにとっても映画は初主演だった。
「ビルキンはとても優しく、私をいたわってくれ、本当の孫のようでしたよ」
彼は現場で戸惑うウサーに「おばあちゃん、頑張れ」と、孫として寄り添っていたという。
プレッシャーを乗り越えながらの二人の熱演は胸に迫る。この演技を超えた二人の強い絆、互いを思いやる感情が、スクリーンからあふれ出る。
今作の空前の大ヒットにより二人は一躍、タイのトップスターに上り詰める。そして、その人気は世界へと広がり始めている。
「まさか、私が〝国民のおばあちゃん〟と呼ばれる日が来るなんて想像もできませんでしたよ。一緒にこの素晴らしい映画を作り上げた、監督や共演者、スタッフ。みんなのおかげです。本当に感謝しています」と語る。

孫のエム役・ビルキンは大人気ドラマでタイを代表するスターに。
俳優として数々の賞を受賞している。歌手として今作の主題歌も担当。
幼なじみとの2人ユニット『Billkin&PP Krit』(愛称:BKPP)は日本にもファンが多い。
第二の人生の幕開け
「もうすぐ初のひ孫が生まれてくるんですよ」とうれしそうに話すウサーは1946年生まれで、現在79歳。3人の娘と4人の孫に恵まれた〝おばあちゃん〟だ。
「ずっと主婦として暮らしていましたが、子育てが終わった後、何か新しいことを始めたかった。そこでタイダンスの教室に通うことにしたんです」と話す。
10年ほど前にタイ伝統のタイダンスの教室に通い始める。
ある日、この教室にMV(ミュージック・ビデオ)のキャステング・ディレクターがやって来た。出演者数人を選ぶためだった。
ウサーは、そこで見いだされ、MVやテレビCMなどに次々と出演する。
『おばあちゃんと僕の約束』は、世界で大ヒットした映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年)などを手掛けてきたタイ屈指の映画会社「GDH559」の新作として製作された。
〝ヒットメーカー〟の新作に注目が集まる中、その作品の根幹を握るメンジュ役の配役は難航、100人以上のオーディションを経ても、まだ決まっていなかった。
「ある日、突然、電話がかかって来たんです。メンジュ役の出演依頼でした」
MVのなかで演じるウサーのシーンを見たパット・ブーンニティパット監督たち製作陣からのオファーだった。
そして、彼女の〝第二の人生〟が幕を開ける。
家族の愛は国境を越えて
「演技経験が少ないから、私はその役に成りきるのです」
俳優としての覚悟を問うとウサーは謙遜しながらも力強くこう答えた。
今作で長男役として共演したベテラン俳優、サンヤー・クナーコンはこう語っている。
「ウサーの全身全霊の演技は、まさにプロ。プロの俳優の演技でした」と。
ロングインタビュー終了後、本誌の編集者と互いに両手を合わせ「コップクン・カー(ありがとうございました)」と言葉を交わし、抱き合って別れの挨拶をするウサーの姿を隣で長女がうれしそうに見つめていた。両目に涙を浮かべながら…。
〝国民のおばあちゃん〟の優しさは国境を越え、その包容力、愛情は普遍だと実感させられた瞬間だった。
この映画を見た後、人生観が間違いなく変化する―。そんな、ウサーが全身全霊でメンジュに命を吹き込んだタイ屈指の傑作がまもなく日本公開される。
文=戸津井康之

撮影協力:リーガロイヤルホテル大阪


俳優 ウサー・セームカムさん
作品情報
監督・脚本:パット・ブーンニティパット
脚本:トッサポン・ティップティンナコーン
出演:プッティポン・アッサラッタナクン(ビルキン)、ウサー・セームカム
サンヤー・クナーコン、サリンラット・トーマス
原題:LahnMah
日本語字幕:小河恵理
後援:タイ国政府観光庁
配給:アンプラグド
©2024GDH559CO.,LTD.ALLRIGHTSRESERVED
公式サイト
6月13日(金)、シネ・リーブル神戸ほか全国公開!












