1月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第19回〜
モノポール問題
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。この連載で謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
前回は、ビッグバン理論の問題点として、「地平線問題」についてお話ししました。今回は次なる問題点、「モノポール問題」についてお話ししましょう。
みなさんは、小学校で磁石について習ったとき、「磁石には、かならずN極とS極があり、『N極だけ』『S極だけ』といった磁石はつくれない」と教わったのではないでしょうか。磁場と対になっている電場の世界では、それを発生させている「源」として、電荷があります。その電荷には、プラスとマイナスがあるので、「プラスだけ」「マイナスだけ」といったものはつくれます。いっぽうで、磁場というのは、その電荷が動く、つまり電流となることでつくられるので、「磁荷」なるものは存在せず、したがって「N極だけ」「S極だけ」というものは存在しないのです。もし手許に磁石をお持ちであるなら、それを割ってみるとよくわかります。もとの磁石のN極側の割れ口が新たなS極となり、S極側の割れ口が新たなN極となり、結局NS両極の組み合わせが2つできます。それらをさらに2つに割ると、4組のNS極ができます。これを、小学校では、「磁石はとても小さい磁石が集まってできているから」と教わったかも知れません。これはその通りで、その磁石を構成する分子ひとつひとつが磁石となっているのです。分子やそれを構成する原子については第3回でお話ししましたが、原子は原子核を中心に電子がその周りの軌道を周回しているため、この電子の動きが磁場を生むのです。ではこの分子を割ってしまうとどうなるかと言うと、それはもはや違う物質になってしまうので、磁石でなくなってしまいます。やはり「N極だけ」「S極だけ」を取り出すことはできないのです。このような、NS両極が対になったものを「双極子」、「ダイポール(dipole)」と言います。「di」とはラテン語で「2」のことで、「極(pole)が2つ」という意味です。いっぽう、「N極だけ」「S極だけ」というものは、ラテン語で「1」を示す「mono」から「モノポール(monopole、単極子)」と言います。
ところで、この磁場というものは目に見えないので、人間は「磁力線」なるものを考え出して、これを使って磁場を表現しています。磁力線は、N極から出てS極に入ると定義されています。その線の向きが磁場の向きを表わし、磁力線の密度が磁場の強さを表します。たとえば、図の左側にダイポールがつくる磁場を磁力線で示しますが、N極から出てS極に入っているのがわかると思います。磁力線はちゃんと「入口(S極)」と「出口(N極)」がセットになっています。また、極の近くは磁力線が密になっていて、磁場が強いことを示しています。実際、磁石の近くは磁場が強いでしょう。磁石から離れると磁場が弱くなるのは、磁力線がまばらになることで表現されています。
ここで、ある瞬間に磁場が発生することを考えます。なにもないところからいきなり磁石が現われるのは考えにくいですが、たとえば電磁石であれば、電流を流したときだけ磁石になるので、電流をオンにすることで「磁場が発生する瞬間」を考えやすいです。この瞬間に磁力線はN極から出てS極に入ります。しかし、言葉では「瞬間」と言っても、どんなことにもそれが起きるには時間がかかります。磁力線が延びていくにも時間がかかるのです。この宇宙では、光の速さが最速で、それを超えることはできません。磁力線が延びていくのも光の速さであって、それより速くなることはありません。光の速さは、我々人間から見ると気の遠くなるような速さですので、日常生活では「瞬間」と考えてもいいのですが、やはり気の遠くなるような大きさの宇宙では、これが問題になってきます。たとえば太陽に磁石を置くと、それが地球に影響を及ぼすのは八分後なのです。ここまでが予備知識です。
そしてようやくビッグバンの話をします。これまでも宇宙で起こる相転移についてお話ししてきましたが、磁場についてもこれが起こります。つまり、「磁石がスウィッチオンされて、磁場が発生する」という相転移が起きます。これは、第16回から第17回にかけてお話しした、「電弱力が分かれて電磁力が生まれる」ときに起きます。このとき、いたるところで磁場が発生して磁力線が延びていくのですが、同時に、ビッグバンによって宇宙自体が広がっていっています。ですから、磁力線の延びと宇宙の広がりとの「競争」になります。どちらも有限の速度だからです。しかも宇宙の広がりのほうは、物体の移動ではなく空間そのものの広がりですので、光の速度を超えても構わないのです。この不利な「競争」に負けると、磁力線はある範囲しか届かないことになってしまいます。磁場が届く範囲が限られるとどうなるか。その範囲の限界、「境界」のところで、磁力線が途切れてしまいます。この部分は、図の右側のように、「入口だけ」、つまり「S極だけ」のモノポールと、「出口だけ」、つまり「N極だけ」のモノポールが出現してしまいます。これはちょうど、氷などを急速に凍らせるとその結晶が限られた範囲で固まってしまって、つぎはぎだらけの欠陥のある氷になってしまうのに似ています。結晶をつくる速度(磁力線の速度)が凍る速度(宇宙の膨張速度)に負けてしまうのです。結晶の境界である「欠陥」のところがモノポールに相当します。空間の欠陥によってモノポールは生まれるのです!
ではどれくらいの数(あるいは密度)のモノポールが生まれ、現在も存在しているのでしょうか。我々の近くにもモノポールは存在するのでしょうか。これはすでに計算されていて、単純なビッグバン理論から計算される「磁場の相転移の境界」の数、あるいはモノポールの数は、実はかなり多くて、我々の身の回りにも結構な数で存在していることになっています。
ところがっ!
これまでに、一度として、モノポールは発見されていないのです!(発見されたという誤報はあった)
ビッグバン理論が正しいとすると多数発見されているはずのモノポールがまったく見つかっていない──これがビッグバン宇宙論の二つめの問題、「モノポール問題」です。
次回は、三つめの問題についてお話ししましょう。
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。