2025年
1月号

映画『港に灯がともる』 “人が生きていること”を問う|
映画『港に灯がともる』監督 安達 もじりさん

カテゴリ:文化・芸術・音楽

神戸を舞台にしたオール神戸ロケの映画『港に灯がともる』が、1月17日(金)公開される。阪神・淡路大震災からちょうど30年。震災を経験していない市民は増えたものの、町には変わらず様々な理由で傷つき苦しむ人がいる。取材で聞いた町の人の声から今作は生まれたという。監督を務めた安達もじりさんに話を聞いた。

Q.阪神・淡路大震災から25年を機に公開されたドラマ『心の傷を癒すということ』が映画製作のきっかけとなったそうですね。
ドラマの主人公のモデルとなった精神科医・安克昌先生の弟、安成洋さんが声をかけてくれました。成洋さんは『心の傷を癒すということ』を映画化し、多くの方に観てほしいと、日本全国いろいろな場所で上映会を続けています。そこで出会った方々の声が成洋さんの心を動かし、30年を機にまた作品を作りたいと。

Q.どんな声が多かったのでしょう。
震災を語り継いでほしいというお話は多かったようです。それから、震災を経験していなくても、心にしんどさを抱えて苦しんでいる人が多くいるという現実も、町の人の声から知りました。

Q.主人公の灯(富田望生)も被災の記憶はありませんね。
心のしんどさは、震災のようなはっきりとした理由がなくても誰もが少なからず感じていて、そう簡単に消えるものではないと思うんです。物語の入口となる灯の状況と、きれいごとで終わりにしない“小さな半歩”、“少しだけの前進”という出口だけは早い段階から決めていました。心の傷が癒えるには時間がかかる。2時間の映画の中で済ませたくはないなと。

Q.灯とぶつかる父親(甲本雅裕)を灯目線の一方的な描き方はしていません。父親に感情移入して観る人もいるかもしれませんね。
登場人物を誰一人悪者にしたくはありませんでした。何が良くて何が悪いかではなく、生きてきた時代、時間、場所などによって人は変わるし、だからこそ人と人はぶつかるのだと思います。たまたま今ここで一緒に生きていかなくちゃいけない現実がある。人との距離は、その時々で探りながら、言葉は悪いかもしれないけれど、折り合いをつけていかなくちゃいけない。それがしんどさにもなるけれど、希望もあると思うんです。

Q.監督も灯という人物を探りながら?
そうですね。この映画を作る際にもらったお題は「神戸」「震災30年」「心のケア」だけでした。まずはどんどん詰め込んで膨らませて、そこから「何を伝えたいんだろう」と考えながら、削ぎ落として、磨いていった感覚です。
磨く作業をしていくうちに、言い方は難しいけれど、“1人の女性の気持ち”を描いた、すごくシンプルな話が見えてきました。設定上は色々あるけど、心にしんどさを抱えた女性が、ちょっとだけ踏ん張って半歩前に進んだよ、という話です。

Q.キーワードは「呼吸」?
心のしんどさが呼吸のしんどさになると考え、灯がしっかりと呼吸ができるようになっていく物語にもなりました。呼吸のリズムをすごく意識したので「息の映画になったね」なんて話も。
ラストシーンで、灯である富田さんが呼吸を整えてふと空を見上げた時、心からホッとしました。

Q.3つのお題の中で最も意識したのは?
「心のケア」です。人は誰でもそれぞれ何かを抱えていて、誰にでも辛いことがあると思います。灯を見て、こんなふうに苦しい人もいる、がんばってる人もいる、そして身近にいる人に思いを馳せたり、誰かの立場に立って考えたり…。というようなことを感じてもらえたらいいな、と。最近やっと私もシンプルに思えるようになりました。
灯の物語を観てくれた人が、いろんなことを考えたり、感じたり、それについて人と話したり。なにか人と人とが繋がるきっかけになったらいいなと、日々思っています。
ちょっとだけ。ちょっとだけでいいので、やさしくなれたら、やさしい世の中になったらいいなと思っています。

Q.お題のひとつ「神戸」に住む方へのメッセージをください。
神戸にありったけの愛を込めて、神戸でしか描くことのできない物語を作りました。普遍的な物語です。構えずに観てみてください。
text.田中 奈都子

【物語】

1995年の震災で多くの家屋が焼失し、一面焼け野原となった神戸・長田。かつてそこに暮らしていた在日コリアン家族の下に生まれた灯(富田望生)。在日の自覚は薄く、被災の記憶もない灯は、父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)からこぼれる家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、どこか孤独と苛立ちを募らせている。一方、父は家族との衝突が絶えず、家にはいつも冷たい空気が流れていた。ある日、親戚の集まりで起きた口論によって、気持ちが昂り「全部しんどい」と吐き出す灯。そして、姉・美悠(伊藤万理華)が持ち出した日本への帰化をめぐり、家族はさらに傾いていく。なぜこの家族のもとに生まれてきたのか。家族とわたし、国籍とわたし。わたしはいったいどうしたいのだろう―。

【出演者】富田望生
伊藤万理華 青木柚 山之内すず 中川わさ美 MC NAM
田村健太郎 土村芳 渡辺真起子 山中崇 麻生祐未 甲本雅裕
【スタッフ】
監督:安達もじり(NHKエンタープライズ所属時に製作) 
脚本:川島天見・安達もじり
音楽:世武裕子
エグゼクティブプロデューサー:大角 正 
プロデューサー:城谷厚司 堀之内礼二郎 安成洋
取材:京田光広
【製作】ミナトスタジオ
【配給】太秦
公式HP

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE