1月号
アイドルと小説家の〝二刀流〟宣言… 一年に一冊のペースで書きたい|
小説家 NMB48 安部 若菜さん
現役アイドルにして経済を学ぶ現役大学生。そんな〝多忙なアイドル〟が新作の小説を発表した。2年前のデビュー作『アイドル失格』(KADOKAWA)に次ぐ2作目のタイトルは『私の居場所はここじゃない』(同)。「この小説が誰かの心の居場所になりますように」と、人気アイドルグループNMB48の安部若菜が願いを込めて書き上げた渾身の一作だ。
2作目のテーマは〝夢〟
タイトル通り、デビュー作『アイドル失格』では、「自分のアイドルとしての経験を詰め込んだ話を書きました」と言い、「次は違うテーマで書きたかった。何をテーマに書こう?そう考えたときに、自分の心の中で〝夢〟がキーワードとして大きく膨らみました」と語る。
新作は、大手事務所が主催する芸能スクールに通う男女5人の高校生が登場する青春小説。
アイドル・デビューを目指す莉子。ダンスボーカルグループ志望の冬真。モデルを夢見た母の言葉で将来の希望を決めた美華。俳優志望の純平。元天才子役のつむぎ…。それぞれの夢に向かって切磋琢磨する若者の苦悩、葛藤が綴られていく。
「デビュー作はアイドルとしての自分がかなり投影されているので、次は、アイドルから少し離れた小説を書きたかった」と語るが、プロを目指す5人が受ける厳しいレッスンの描写は臨場感にあふれる。そこには実際にアイドルを経験した者にしか書けない緊張感、戸惑い、不安、葛藤が、切実に明かされ、外の世界からは伺い知れない〝舞台裏の壮絶な世界〟の中へと読む者を惹き込んでいく。
華やかなステージでのデビューを夢見ながらも、莉子の性格は引っ込み思案で、ダンスを苦手としている。
「正直、私は歌もダンスもあまり得意とは思っていません。性格もネガティブですし…」
キレのあるダンスを武器とする現役アイドル、安部若菜が〝意外な本音〟を打ち明けた。
きらびやかなステージの上で堂々と踊りながら歌う華やかなアイドルの表情とは真逆の一面を見せながら語る安部の物静かで真摯な表情と小説の中の莉子とが重なった。
「2作目は、アイドルから離れようと思って書いたのですが、どうしても文章の中には出てきてしまうのでしょうね…」
この日の取材が行われたのはステージ裏の楽屋。
どんな質問にも真正面から答える安部のひた向きな表情と、ダンススタジオの大きな鏡に映る自分を直視できないでいる自信なさげな莉子の顔とが、やはり重なって見えた。
「小説の登場人物には、とくに決まったモデルはいません。ただ、アイドルの仕事を通じて見たり聞いたり経験したものは生かしたいと思っています。NMB48のメンバーたちにも、いろいろと話を聞いて小説の参考にさせてもらっています」と語る。
1作目に続いて全編、書き下ろし。
「公演や大学の講義も重なり、原稿は新幹線での移動中や公演の合間に楽屋などで執筆しました」と、超多忙な現役アイドルは語る。
まだ夢の途中
「幼いころからアイドルに憧れていました」と言う。
「当時の私のアイドルですか?AKB48の板野友美さんです」
夢見たアイドルになるため、大阪を拠点に活動する人気アイドルグループNMB48のオーディションに高校1年のときに応募し、合格。16歳でデビューした。
アイドル活動の一方、大学受験に挑み、合格。そして2022年、小説『アイドル失格』で作家デビューを果たした。
デビューのきっかけは、吉本興業と出版社が企画する『作家育成プロジェクト』に自ら応募。厳しい審査を突破して小説家デビューの切符を手にした。
「実はアイドル同様、小説家になることも幼い頃からの夢だったんです」と明かす。
「もの心ついた頃から読書好きで、小学生の頃には年間100冊以上の本を読んでいました」と話す。「図書室にあった児童文庫はほぼ読みました。小学3年生のときに湊かなえさんの『贖罪』を読んで衝撃を受けました」
〝イヤミスの女王〟と呼ばれる湊のミステリーは「両親の本棚にあった」と言うが、小学3年生には難解だったはず。「辞書を引きながら読みました」というから、いかに早くから小説家を志し、知識を積んで育った読書家だったかが伺える。
現在、経済学部で学ぶ大学4回生。今春卒業予定で、卒業論文のタイトルを聞くと『新NISAの今後の立ち位置』と教えてくれた。
この卒論の文字数は計1万文字。原稿用紙で25枚の分量だ。同級生の多くが〝人生初〟の長文に悪戦苦闘する中、「小説は文字数にして計約8万文字。原稿用紙で200枚以上書いていたので、1万字を書くのはあっという間でしたよ」と余裕の表情で語る。
「高校時代から経済に興味がありました」と、高校では「投資部」に所属し、株式投資などを研究していたという。
〝経済に強いアイドル〟として新聞で連載コーナーを持ち、この中で「アイドル界は悪いインフレ」という経済論も披露している。
「私がデビューした直後、コロナ禍となり、アイドルのコンサート会場の観客席は入場制限され、定員の半分しか入場できませんでした。そのため、チケットの値段はどんどん上がり、インフレの状態になったんです。それも悪いインフレが続きました」と理路整然と分析してみせる。
「デビュー作を書き終えた後、すぐに次作が書きたかった。2冊目は2年かかったので、次からはもっと早いペースで書きたい。1年に1冊ぐらいのペースで…」
アイドル兼小説家に今後の抱負を聞くと、「半々(50対50)ぐらいの割合で両方とも続けていきたいです」と、力強く〝二刀流〟を宣言した。
(文=戸津井康之)
安部 若菜(あべ わかな)
大阪府出身。NMB48のメンバーで現役大学生。内向的な性格で友達が出来ず、本が友達な幼少期を過ごす。毎日図書室に通い、1年で100冊程の小説を読む。小学生の頃の愛読書はミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。本を読み続ければ、いつか本の世界に入れると信じていた。中学、高校と進学するも、学校に行かなくて済む方法を考えながら日々過ごす。アイドルなら学校に行かなくて済むのではないかという考えと、アイドルへの憧れからオーディションを受け、2018年1月、NMB48に加入する。小説、落語、投資と様々なジャンルで積極的に活動の幅を広げており、“100通りの楽しみ方ができるアイドル”として活動中。2022年11月18日にアイドルとオタクの恋愛と成長を描いた小説『アイドル失格』を刊行し、小説家デビュー。ドラマ化やコミカライズがされ、注目を集めた。