11月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.37 神戸大学医学部附属病院 呼吸器内科 立原 素子先生に聞きました。
日本のがん死亡率第一位は肺がんです。肺がんはまず手術で取り除くというイメージですが、発見されたときには進行期であることも多く、どの病期においても薬物療法が重要なようです。立原素子先生に最先端の診断・治療法についてお聞きしました。
―呼吸器内科では体の中のどの部分の疾患を扱うのですか。
喉の奥の空気が通る「気管」の部分から二つに分かれる「気管支」、だんだん細くなり枝分かれしていく「細気管支」、そこから続くぶどうの房のような形をした「肺胞」に至る一連の器官の疾患を呼吸器内科では主に扱います。胸郭の内側と肺を包む「胸膜」も含み、例えばアスベストによる中皮腫はこの部分にできる悪性腫瘍です。それに加え、肺、心臓、血管を除いた胸郭内の部分を指す「縦隔」全体の疾患も呼吸器内科の領域です。
―神大病院で診断・治療をする呼吸器疾患のほとんどが肺がんですか。
呼吸器疾患で入院する患者さんの約8割が肺がんの患者さんです。高齢化社会に伴ってがんのリスクが高まっています。進行肺がんで見つかる患者さんの半数以上が75歳以上の高齢の方です。
―肺がんの原因や性質はいろいろあるのですか。
肺がんは大きく「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に分類されます。小細胞肺がんの多くは喫煙関連で、血液やリンパにのり転移しやすく進行が速いがんです。非小細胞肺がんはさらに、扁平上皮がん、大細胞がんなど細かく分類されますが、最も多いのは腺がんです。腺がんの約半数は喫煙関連ではなく、肺の一部に遺伝子変異が起こり発症する「ドライバー遺伝子変異がん」で、煙草を吸わない方や若い方でも発症します。この遺伝子変異は一般的には小細胞肺がんには見られません。ドライバー遺伝子変異陽性の肺がんの場合は、それに対する分子標的薬が効果的です。
―喫煙が原因の小細胞肺がんは進行が速く、遺伝子変異で起きる肺腺がんはゆっくり進行するのですね。
喫煙関連で発症する非小細胞肺がんもあり、遺伝子変異が陽性でも進行が速い場合も多くあり…すべてを一元的に言えるものではありません。正確に診断をしてから治療を始める必要があります。
―正確な診断につなげるのが気管支鏡検査ですか。
正確に診断するためには、がんから細胞や組織を採取する必要があります。その手段として最も行われるのが気管支鏡検査です。
―どんなことを調べるのですか。
まず、肺がんであるかどうかを確認します。肺がんであれば組織分類を行うとともに、非小細胞肺がんであれば、ドライバー遺伝子変異があるのかないのかを調べます。初診時の段階で最大46個の遺伝子変異の有無を調べてから治療に進むのが肺がん診療の特徴で、ここが他の固形がんと大きく異なるところです。他の固形がんでは、遺伝子変異があまり見られないため、標準治療が終わる、あるいは終わる見込みの段階でがんゲノム検査を行うのが一般的です。また、肺がんの治療には免疫チェックポイント阻害薬を使った免疫療法も重要な治療ですが、その有効性を推定するために、がん細胞のPD-L1という分子の発現の有無を調べます。治療前の気管支鏡検査は、組織診断のみならず遺伝子変異検索・PD-L1検察のために大きな役割を果たします。
―どんな方法で細胞を取り出すのですか。
喉から気管支鏡を通し、生検鉗子を使って1ミリから2ミリ程度の組織を取り出します。肺がんのほとんどが気管支鏡で見えない部位にありますので、確実にがん細胞を採取するには高度な技術が必要です。神大病院呼吸器内科ではその診断率を最大限高めるために、病変に確実にたどり着く道筋を教えてくれるカーナビのような「仮想気管支鏡ナビゲーションシステム」や、病変に確実にアプローチしていることを確認する気管支鏡下超音波システムを併用しています。私自身、このナビゲーションシステムの開発に携わっていたこともあり、当院は最先端の機器の導入に関して全国的に先駆的な存在です。少なくとも3人以上の呼吸器内科医がチームを組んで検査にのぞみ、小さながんでもできる限り診断できるよう工夫しています。
―患者さんにとっては胃カメラの検査のようなイメージですか。
食道は日頃から食べ物など異物が通っている道ですが、気管は空気だけが通る道です。そこにカメラという異物が入るのですから、患者さんにとっては胃の検査よりつらいものになることが多いです。そこで大事になるのが鎮静・鎮痛です。適切な薬を使いながら、なるべく患者さんの苦痛を取り除く検査スタイルを心掛けています。さらに大学病院ですから、苦痛が少なく、より安全な検査方法を研究しています。
―検査、診断後にいよいよ治療に入るのですね。
取り出した組織を使う診断と併せて、広がりや転移の状況をPET-CTやMRIなどを使って調べ、病期(ステージ)を判断してから治療に入ります。そのためにはチームでの連携が重要で、呼吸器内科・外科、放射線科、放射線腫瘍科、病理のドクターが週1回集まりカンファレンスを行います。一人一人の患者さんについて診断に間違いはないかを検証し、最適な治療方針を決めています。進行期の場合は、分子標的薬・免疫療法・抗癌薬から適切な薬物療法を選択したり組み合わせたりして治療します。手術可能なステージの場合、従来は手術をしてから術後に抗がん剤を行うことが一般的でしたが、今は検査結果に沿って、手術先行が良いのか、その前に薬物療法や放射線治療を行ったほうが良いのかなど、患者さんに最適な周術期治療ができるよう話し合って進めています。外科治療のほとんどが胸腔鏡下で行われて低侵襲ですが、チーム連携した周術期治療でより根治を目指した治療が可能になっています。
―気管支鏡は肺がんの診断だけでなく、他の呼吸器疾患の診断や治療に用いることもあるのですか。
はい。他の呼吸器疾患の診断や治療にも広く用いられています。例えば、一般的な抗生剤を用いても治らない肺炎の原因を調べたり、肺胞が硬くなる間質性肺炎の精査を行ったりします。その場合は、気管支鏡を使って肺の中に少し水を入れ取り出して、顕微鏡で見たり、成分を分析して原因を突き止めたりします。治療においては、がんが進展して気管支が狭窄した部分を高周波などで切除したり、ステントを入れ空気の通り道を確保したりします。肺に穴が開く難治性の気胸では、シリコンの詰め物(EWS)を留置したりします。気道に誤嚥した異物を取り出したりもします。歯、歯冠、ピーナッツ、魚の骨などなんでも取ります。
―肺がんは予防できますか。
肺がんの原因は喫煙とは限りませんが、喫煙されているなら「禁煙」が自分のできる一番の予防策です。また、喫煙は呼吸器疾患の元凶になっているのは確かです。禁煙はすぐに始められる予防法です。神大病院呼吸器内科にも禁煙外来を開設していますので、ぜひ利用して禁煙に挑戦していただきたいと思います。また「たばこを吸わないから肺がんにはならない」と安心しないで、健康診断で一年に一回の胸部レントゲン検査はきちんと受けてほしいと思います。
立原先生にしつもん
Q.立原先生はなぜ医学の道を志されたのですか。
A.私の出身校・賢明女子学院ではボランティア活動に力を入れています。高校1年の時、西成区釜ヶ崎で、炊き出しをしたり毛布を配ったりする越冬パトロールに参加して、いろんな人生を背負った方々からお話を聞きました。それまで、将来は「学校の先生がいいかなあ」などと思っていましたが、人生を大きく変えてしまうような病気という出来事が起きた時に向き合い、どの年代の方のお役にも立てる人生に寄り添う「医師になりたい」と思うようになりました。
Q.呼吸器内科を専門にされた理由は?
A.今でこそ呼吸器内科分野というものがありますが、私が医学部生ころには独立していないことが多く、卒業の時に出身校の福島県立医科大学に呼吸器内科が開設されることになりました。まだよく分からない分野だからこそ面白いかなと見学に行くと、喘息、COPD、肺がんなどいろいろな病気の患者さんがおられ、気管支鏡の手技も目にしてワクワクし、突き詰めてみようと思い選択しました。
Q.病院で患者さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.自分がやろうとしていることが患者さんにとって本当にベストな方法なのかを常に問うことです。患者さん、特に高齢でがんが見つかった場合は、検査をするのか、治療を進めるのか、何もしないのかなどを、患者さんを中心にそのご家族ともコミュニケーションをしっかり取りながら方針を決めることが大切です。呼吸器内科全体をまとめる立場として、安全・安心、かつ最先端の治療を提供し、自分の家族が病気になった際に受診させたいと思えるような診療科にしたいと思っています。
Q.大学で学生さんたちを指導するにあたって心掛けておられることは?
A.呼吸器内科の患者さんはすごく多いのに対して、専門医はすごく少なくて足りていないのが現状です。何よりまず、私自身含め医局員が楽しく、やりがいを持って仕事をしている姿を見てもらって、若い学生さんたちに呼吸器疾患に対する興味を持ってもらえるような教育をしたいと思っています。
Q.リフレッシュ法はありますか。
A.ずっと仕事のことと家庭のことを考えているので、精神的にどちらからも離れて、考えを手放させる時間が作れるホットヨガをやっています。そう言いながらも、やっぱり何かを考えてしまって〝無〟になるのは難しいのですが(笑)。同じ理由で、好きなワインを飲むこともリフレッシュ法です。