2024年
11月号

ふるさと神戸で、芸術工学を担う人材を育てたい

カテゴリ:, 文化・芸術・音楽

建築学、とりわけ建築構法、建築生産を専門分野に、職人や空き家、建築再生といった社会的課題に鋭い視線を向ける松村秀一さん。その研究が高く評価され、2005年日本建築学会賞をはじめ多くの受賞歴をもつ。本年4月には神戸芸術工科大学学長に就任した。
神戸の思い出や神戸芸術工科大学が目指す「芸術工学」について伺った。

神戸芸術工科大学学長 松村 秀一

ふるさと神戸の原風景

─ご出身は神戸だそうですね。
松村 爺さんの代から神戸です。神戸生まれですが、親父の仕事の関係で小中と和歌山にいたので、6歳までと15歳から18歳の間、9年間を神戸で過ごしました。

─先生の神戸の原風景は。
松村 原風景といいますか、真っ先に思い出すのは高架下です。高校生の頃ですから昭和40年代ですかね。それなりにちゃんとした商店街ではありましたけれど、不思議なところでしたよね。三宮から元町、神戸駅にかけて、線路の下にあんなに長く続いていて。僕はテニス部だったんですけれど、高架下にテニス用品店があって、そこで沢松和子さんのラケットのガットの張り替えをしていたんですよ。そういう特殊な店があったり、米軍の放出品とか、そんなにみんなが履いていなかった頃からGパンを売っているとかバタ臭い店があったり、あと何となく「これちょっと危険かな…」というムード(笑)、独特の戦後的空間で、面白かったですよね。

─いまはすっかり変わってしまいましたね。
松村 それと対照的なのが元町商店街です。先日ここでシンポジウムを開催したのですが、都市工学の専門家の西村幸夫先生が神戸のお話の中で、元町商店街はもともと西国街道で、街道筋がそのままアーケード商店街になっている例はほとんどないとおっしゃっていました。僕らが幼い頃はおじいちゃん、おばあちゃんと朝日会館でディズニー映画観てから大丸、そして元町へ行き、「ファミリア」やおもちゃの「カメヤ」へ連れて行ってもらったものです。「本高砂屋」や「凮月堂」といった老舗も、子ども心に印象に残りましたね。そんなハイカラで立派な元町商店街があって、一方でそれと平行して高架下がある。神戸は山と海が平行していて、その間に阪急もJRも阪神も平行、高架下と元町も平行、みんな東西の筋で南北の位置関係で性格付けができるという、ものすごくわかりやすい構造を持っていますよね。そのことが記憶に残っています。東京や横浜とは全く違いますね。

住吉川から海を望んで

─灘高時代の思い出を。
松村 高校時代は住吉に住んでいて、灘高も住吉川のすぐ横。物心ついた頃の住吉川は、川沿いをダンプが行き交っていました。渦が森を造成していた時期で、山を削った土砂を海へ運んで埋め立てていたんですね。その頃は川べりを歩くことなどできなかったのですが、それが高校の頃には遊歩道になっていて、夜なんか友達と気持ち良く歩いていました。テニス部の練習の最後には住吉川沿いを走るんですけど、白鶴美術館まで行って、Uターンして魚崎駅まで戻って、上り下りで学校へ帰るんです。結構走っていたのに、そんなに強くもならず(笑)。でも気持ちの良いランニングコースでしたね。当時は山手幹線も六甲アイランドもなく、海が見えて景色が良かったですよ。

─住吉川周辺には阪神間モダニズム時代の名建築がありますが、建築の道に進んだことと関係がありますか。
松村 特にありません。モダニズム建築とかはどちらかというとプロのものなので、見に行くようになったのは建築を学ぶようになってからです。

─東大に進学して建築を学ぶようになってから、神戸周辺で印象に残った景色はありますか。
松村 芦屋浜の高層住宅ですね。夏休みに東京から帰ってきて住吉駅へ電車で向かっている時、芦屋浜の埋立地にニョキニョキ建っていて「何や、あれ!」って。実は国家的なコンペで最大規模のプロジェクトで、その4年くらい後、大学院で隈研吾さんと同じ研究室だったんですけど、我々の先生の*内田祥哉先生がその選考委員長だったと知りました。

時代の波に呑まれる神戸

─いまの神戸の姿を見て感じることは。
松村 東京や横浜は開発圧力が強いので、ちょっと目を離すと違う感じになり、渋谷なんか特にそうです。神戸は時々帰ってきてはいましたけれど、50年ほど経っても基本的な構造は昔と一緒ですが、変わったなと思うのは、これはどこの街でも同じかも知れませんけれど、レストラン「ハイウエイ」とか喫茶店「パウリスタ」とか知っている店がなくなったなと。「ファミリア」も移転してしまったし、歩いていてちょっと元町が寂しいと感じます。三宮センター街は活気があるけれど、中身が全国どこ行っても同じ店になってきていますよね。大きな時代の流れで神戸に限ったことではなく、仕方がないことなのかもしれませんが。

─久元市長が市街地の高層マンション規制に動いていますね。
松村 神戸が神戸らしかった理由の一つが、支店経済が成立していたことですが、かつての神戸の特徴に近づけようとするなら産業立地をさせないといけないのです。何の産業を持って来るかは難しいところですが。それが、タワーマンションなどができて夜間人口が増えると、大阪のベッドタウン化ということになります。ここで稼ぎを生みだし、ここでお金を落とすという循環の骨格をなす産業が立ち上がるイメージなしに、いきなりマンションばっかり建つと、なかなか街の将来像が描けないことになるでしょうね。

─では、どんな産業を持って来れば良いのでしょう。
松村 この神戸芸術工科大も、かつての宮崎辰雄市長から「神戸をデザインの街にしたい」と前の理事長にお話があってできたのです。外来文化の入口でしたから洋服やファッションの産業が生まれ、そこから派生してデザインの街ということかもしれませんが、それを現代に合う形で活性化していくのもひとつの方向性かもしれません。

芸術と工学、2つの視点を

─神戸芸術工科大学の学長に就任したいきさつは。
松村 そもそもこの神戸芸工大は、建築という僕らの分野を含んでいる大学です。学長は僕で6代目なんですけれど、初代から3代目は東大の建築の大先輩たちで、僕と馴染みの深い方々が力を注いできた、関西では珍しい大学なんです。ふるさとですから帰ってきたいという思いももちろんありましたけど、それが一番大きな理由ですかね。

─神戸芸工大の特徴は。
松村 初代学長の**吉武泰水先生が提唱した芸術工学というのがひとつの特徴です。アートやデザインをやる人も当然ながらいろいろなテクノロジーを使う訳で、コンピュテーショナルデザインとかモデリングとか最先端の技術が表現の可能性を拡げていくこともあるので、芸術的な分野と工学が結びつくのは一つの強みになります。一方で工学に目を向けると、エンジニアは社会の課題に応えるという意識が強いんですね。人間の感性の中から湧き上がって個人の内面の世界から来る芸術と、社会という自己の外の問題を技術で解決しようという工学が、それぞれ勝手にやっていたらうまくいかない時代に入ってきています。ここから芸術と工学、両方がわかる人が育っていくことは大事なことだと思います。あと、マンガも映画も、建築もファッションも、陶芸もジュエリーも、イラストもグラフィックデザインもいろいろとやっていて、簡単に領域を越えて学べるので、さまざまな可能性がある教育環境だと思います。

─地域との関わりについてはいかがですか。
松村 神戸としての持ち味を出したいなと思います。神戸市とはいろいろとやっていますが、神戸の民間の方々と交流し、神戸の産業の未来像と、この大学の人材育成を結びつけ、神戸のブランドにふさわしい形にしていけたらいいですね。大学とは地域に根ざしているものなので、それがうまく表れてくれば。

─最後に、学長としての抱負を。
松村 これまで培ってきたいろいろな人的ネットワークを活かして、神戸はもちろん全国、時には国境を越えていろいろな連携や広がりをつくっていけたらなと思います。民間企業や政府関係にも接点がありますので、大学という枠にとどまらず、神戸にとってプラスになるようなことができたらいいですね。

松村 秀一 (まつむら しゅういち)
神戸芸術工科大学学長 工学博士 一級建築士

1957年神戸生まれ
灘高校、東京大学工学部建築学科を卒業、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻を修了し、1986年より東京大学専任講師、助教授、教授、特任教授を務め、ローマ大学、トレント大学、南京大学、モントリオール大学、ラフバラ大学の客員教授も歴任。その後早稲田大学理工学術院総合研究所上級研究員・研究院教授を経て、2024年神戸芸術工科大学学長に就任。
建築学、とりわけ建築構法、建築生産が主な専門分野で、職人や空き家、建築再生といった社会的課題にもアプローチする。2005年日本建築学会賞、2008年・2015年・2016年都市住宅学会賞、2015年日本建築学会著作賞など受賞多数。『住宅という考え方』(東京大学出版会)、『空き家を活かす』(朝日新書)、『新・建築職人論』(学芸出版社)、『和室礼賛』(共著・晶文社)など著作も多い。

(脚註)
*内田祥哉(1925~2021)建築のシステム化と建築構法の研究で、戦後日本の建築生産に多大な影響を与えた。隈研吾氏の師としても知られる。主な作品は佐賀県立九州陶磁文化館など。
**吉武泰水(1916~2003)日本における建築計画学と芸術工学のパイオニア。戦後の日本の集合住宅の原型となった「公営住宅標準設計51C型」を提唱。主な作品は栃木県立図書館など。

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