10月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.36 神戸大学医学部附属病院 麻酔科 小幡 典彦先生に聞きました。
「手術室」というイメージがある麻酔科ですが、術前・術後や集中治療室のほかいろいろな場面で役割を担っています。麻酔のことや神大病院麻酔科のことなど小幡典彦先生にお話を伺いました。
―手術室での麻酔管理とはどういうものなのですか。
手術を受けておられる患者さんが痛みを感じることなく苦しくないようにするのが麻酔の基本として、その上で手術という極めて非日常的な状況においても全身の細胞が普段通りの働きができるようにするのが術中の麻酔管理です。それによって、心臓や肺、肝臓、腎臓、胃腸などの臓器から皮膚に至るまでが普段と同じように働く状態が維持されます。
これが、麻酔科が目指すところです。「痛くないように眠らせる」という一般的なイメージとは少し違うかもしれません。
―普段と同じ状態を維持するために、例えばどんなことを管理するのですか。
麻酔や手術、特に長時間の手術では日常とは違うことが全身に起きます。まず全身麻酔では多くの場合、呼吸は止まります。気道確保という手段で人工的に呼吸を調整し、全身に酸素を取り込んで細胞が働けるようにします。体が「休め」の状態ですから血管が拡張して血圧が下がる傾向にあります。そこで薬を使って普段と同じ血圧を維持します。手術中の患者さんは体温の調整機能が働かなくなり外気温に左右されます。手術室では室温が低めに設定されていますが、患者さん自身は「寒い」などと言えません。状態を観察しながら体温が下がらないように体を温めています。
―体の状態が日常とは全く変わってしまう全身麻酔はどんな手術のときに、なぜ必要なのですか。
手術に要する時間や術式によります。麻酔の目的が「痛みを感じないようにする」だけならば、基本的な「感覚を無くす」だけで済みますが、長時間になると動かずにじっとしていることは難しく、患者さんが動くと手術がやりにくくなります。例えばあえて呼吸を止めるというように、外科医が手術のパフォーマンスを最大限に発揮できる環境を作ることも麻酔科医の役割のひとつです。また、ある程度短時間の手術ならば理論上は局所麻酔で可能ですが、手術室という普段とは全く違う空間で、患者さんが通常と同じ意識を保ったままで精神的に耐えられるかという問題もあります。
―胸腔鏡・腹腔鏡手術やロボット支援手術のように「低侵襲」といわれる手術でも全身麻酔は必要なのですか。
小さな創で負担が軽く、術後の回復が早い手術は患者さんにとって低侵襲といえます。しかし術中も低侵襲かとはいえば必ずしもそうではなく、例えばガスでお腹を膨らませ続ける腹腔鏡手術の痛みは意識を持ったままで耐えられるものではありません。この術式のいろいろな特性をクリアするために開胸・開腹手術とは違う管理も必要になってきます。
―例えばどのような管理ですか。
お腹を膨らませているガスは軽いので上の方に溜まります。下腹部の手術では頭側を下げ、ガスを体の下の方に留めてお腹を膨らませ、上腹部では下肢側に傾けて上の方に溜めて膨らませます。場合によっては30度程度傾けることもあり、平らな手術台で行われる開腹手術と違って体が傾いた状態でベッドに寝て長時間耐えるのはとてもしんどいです。また、ガスに使っている二酸化炭素は体内に吸収されます。呼吸によって体外に排出しなくてはならず呼吸管理の方法も変わってきます。さらに、傾ける体を支える器具が皮膚を傷めていないか、神経障害を起こすような締め付け方をしていないかなど注意深く観察する必要もあります。ロボット支援下で視野がより狭い状態で手術が可能になり、将来はガスで膨らませる必要がなくなれば違った展開もあると思います。
―カテーテルを使う手術の場合は?
多くの場合、カテーテルの入り口は血管で、最近は足の付け根からがほとんどです。その部分の局所麻酔だけでできるケースも増えてきました。ただし、内容によって太いカテーテルを挿入したり、処置に長時間かかったりすると局所麻酔では難しく、全身麻酔が必要な場合もあります。
―麻酔科の先生は手術中ずっと患者さんのそばで体の状態を管理しておられるのですね。
術中に起きた体の変化は術後にも影響が残ります。患者さんがそれを乗り越えるまでの期間は基本的に血圧、心電図、酸素飽和度など24時間モニターで監視を続け、何か変化があればすぐに対応できるように見守り続けています。
―それが救急・集中治療センターでの麻酔科の役割ですか。
神大病院の救急・集中治療センターにはICU20床とHCU12床があり、術後の患者さんに限らず一般病棟で状態が悪化した、体調不良で来院されたなどという患者さんも含め主治医の先生から連絡を受けたら、入室の判断をして看護師長と共にICU・HCUを振り分けるのは麻酔科の役割です。入室する特に重症な患者さんを麻酔科が主となって管理するだけでなく、主治医や専門の先生方が主になって管理する患者さんについても状態を常に把握して必要に応じて麻酔科医の立場からアドバイスをします。逆に麻酔科医には分からないことがあれば専門の先生方に相談します。神大病院では各科との敷居が低くて、日常的にコミュニケーションを取りながら患者さんを見守っています。
―術後だけでなく術前評価というのは?
同じ術式で手術を受ける患者さんでも状態はそれぞれに違います。それを把握して、どういう管理方法が一番良いのかを術前評価の段階で考えます。また、いろいろな合併症を持った患者さんが手術を受けるまでには薬の調整や食事のとり方など準備することがあり、薬剤師や栄養士と相談しながら患者さんが最も良い状態で手術を受けられるようにします。
―術中、術前・術後、集中治療などいろいろな役割を担っているのですね。
大きく分けると麻酔、集中治療、神経ブロックや薬物療法を中心にしたペインクリニックという3つの役割が麻酔科にはあり、手術以外のいろいろな場面でも患者さんの痛みをやわらげたり、体の状態を正常に保ったりする役割を担い治療に貢献するのが麻酔科です。広い知識や経験を持った上で専門分野を持つというのが神戸大学麻酔科の教育方針ですので、単に「麻酔ができる」というだけでは通用しません。専門の先生方と積極的に協力しながらあらゆる局面に対応できる麻酔科医を育成するのが神大病院麻酔科です。
小幡先生にしつもん
Q.小幡先生はなぜ医学の道を志されたのですか。
A.苦労人だった父が「お前は医者になれ」と言っていました。医者の家系でもないのに「何を言ってるんだ?」と思って当時は気にもかけていなかったのですが、いくつかの小さな出会いを積み重ねて高校生のころには医学部という選択肢も考えるようになりました。今思えば、根底には父の言葉があったのかもしれません。
Q.麻酔科を専門にされた理由は?
A.これは医学部での出会いです。私が医学部生のころは卒業したらすぐに専門を決めなくてはならず、でも特に希望もなくてどうしたらいいのか分からない、そんなときに親身になって相談にのってくださったのが麻酔科の先生でした。
Q.病院で患者さんと接するにあたって心掛けておられることは?
A.同じ病気で同じ手術を受ける患者さんでも望むところや大事にしておられることはそれぞれに違います。病気を完全に治すことなのか、治療効果は低くてもその後の生活の質が大切なのか、中には手術は望んでいない患者さんもおられるかもしれません。麻酔科医が患者さんと直接お話しをする限られた時間の中でいかに患者さんの思いを把握できるかをいつも課題にしています。
Q.大学で学生さんたちと接するにあたって大事にしておられることは?
A.近い将来、自分に与えられるであろう医師免許というものの重みを感じて、医師がやっていることの理由を常に考えてほしいと思います。この薬をこれだけの量で使うとどういう機序でどんなことが起きるのか、何か副作用が起きたらどう対処をするのか…そこまで知っている人だけが薬を使う権利を持つということだけは絶対に知っておいてほしいと話しています。
Q.ご自身のリフレッシュ法は?
A.特別なことはないんですが、スポーツ観戦は好きですね。今(8月6日)はパリオリンピック観戦で忙しいし、これから高校野球が始まったらもっと忙しくなります(笑)。