10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第158回
新興感染症パンデミックとかかりつけ医について
兵庫県医師会 前医政研究委員会委員
飯山内科クリニック 院長
飯山 佳英子 先生
─「かかりつけ医」というワードが言われ出したのは、いわゆるコロナ禍の頃のような気がしますがいかがですか。
飯山 確かに患者のみなさまにとって「かかりつけ医」という言葉が一般的になったのは、新型コロナ感染症への対応の場面だったかもしれませんね。ですがそれまであまり一般的に使われていない言葉でしたのでその定義があいまいで、患者側と医療者側で解釈の違いもあったように思われます(図1)。また、発熱患者の診察やワクチン接種に関して、急に「かかりつけ医」という言葉が多用されるようになったことで、内科や小児科をはじめとする地域の診療所に問い合わせが殺到したことが医療現場の混乱の一因になった面も否定できません。
─コロナ禍の初期、まだ情報が十分でない中で、かかりつけ医にはどんな役割が求められていましたか。
飯山 まずは診察、診断、治療が求められましたが、医療者には診断や治療法はおろか、ウイルスの本質についてすら十分な情報が提供されておらず、マスク、手袋、アイガードなどの防護具(PPE)も不足して感染対策もままならない状態でした。そんな中でも増え続ける患者さんを前に使命感を持って診察にあたった医師の中には、残念ながら自らも感染して命を落とされた先生もいらっしゃいました。結果的に新型感染症に対して、医療制度も公衆衛生も防備が脆弱だったと言わざるを得ませんよね。
─コロナ禍初期は、発熱患者が医療機関にアクセスするのも難しかったと記憶していますが、その要因は何でしたか。
飯山 医療者側としては、新型コロナ感染症以外の患者さんを診る時間が減り、そのために収益に対する不安が生じました。また、新型コロナ感染症が感染症法上で二類に位置づけられたことにより、一般の医師には手に負えない特別な感染症と認識されてしまいました。そして、陽性者が出ただけで「コロナ医者」と呼ばれるなど、風評被害も問題も大きかったですね。このようなことから発熱患者の診察を断る医療機関が出てきたものと思われます。
─風評被害については報道にも一因があると思いますが。
飯山 メディアは混乱状況を伝えて非難するばかりで、なぜ混乱しているのかという現場の重要な点をほとんど伝えていなかったという印象です。また、メディアは主に都心部の情報を扱って地方との時間差についてあまり触れなかったこともあり、患者さんの不安をあおったのではないでしょうか。
─ワクチンができたらできたで、その接種をめぐっても混乱が起きました。
飯山 ワクチン接種の実施は自治体に任され、集団接種主体に進めた自治体とかかりつけ医による個別接種を中心にした自治体がありました。後者ではかかりつけ医の接種ということで、もともとかかりつけ医のいない方はどこに行けばいいのかわからず、かかりつけ医がいる方も予約が困難という状況で、ワクチン接種が受けられないのではという不安から混乱が生じました。
─地域の診療所と保健所の連携もうまくいっていなかったと思いますが、その原因は何ですか。
飯山 感染症の発生届が一気に増えて、保健所の手が回らなくなったのが大きな要因です。手書きの書類から新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER︲SYS)へと切り替わったもののたびたび運用が見直され、結局は保健所のマンパワー不足で処理が追いつきませんでした。また、民間保険が新型コロナ感染症の補償をはじめたため、感染証明書の発行要請が増えたこと、そのための検査希望が増えたことも業務の増加に拍車をかけました。
─コロナ禍での新興感染症パンデミックにおいて、すでにかかりつけ医制度を導入していたヨーロッパ各国ではそれらが機能していたのでしょうか。
飯山 (表1)をご覧ください。イギリスでは第二波以降、発熱患者の初期対応にかかりつけ医は関わらず、検査は街角や自宅などでおこない、陽性者のほとんどは病院の救急外来で対応しました。フランスもイギリスと同じような対応でしたが、かかりつけ医制度が凍結され、登録しているかかりつけ医以外の診察も受けられるフリーアクセスがおこなわれました。ドイツではかかりつけ医登録制度はありませんが、基本的にかかりつけ医が検査や診察をおこない、中程度以上の患者さんだけを病院で診てパンデミックを乗り越えました。日本とは感染法上の取り扱いなどの違いもありますが、かかりつけ医だけで初期対応を取り仕切るのは困難で、実際にかかりつけ医制度はあまり機能していなかったと言えるでしょう。
─パンデミック時のことを考えると、かかりつけ医機能はどうあるべきなのでしょうか。
飯山 かかりつけ医登録制度の制定は見送られましたが、今回のパンデミックを経て、まず医療側と患者側の見解に齟齬がないよう、「かかりつけ医」という言葉の整理が必要なのではないかと感じます。一般的にワクチンの必要性の説明や、個別接種の際の予約や割り振りなどはかかりつけ医がおこなうものと思われますが、医師と患者の間でかかりつけ医かどうかということをあらかじめ明確にしておいた方がスムーズに運ぶでしょう。そして、かかりつけ医のいない患者への対応も一定のルールがあった方が良いと思います。
─次の新興感染症に向けて、かかりつけ医機能を担う診療所にはどのような対応が求められ、また、どんな課題がありますか。
飯山 感染症法の改正や兵庫県第8次医療計画での感染症医療事業の位置づけなどにより、感染発生から一定の期間をおいてまん延期の発熱外来を担当する診療所は、行政と協定を結ぶことになりました。しかし、この協定には疑問点もいくつかあります。まず、協定締結すればまん延時にはすべての患者を受け入れる必要ありますが、かかりつけ患者を優先してもよいのかという点です。また、比較的初期からの行動を求められる可能性がありますが、平時からPPEなどを自力で備蓄しないといけないのか、情報が間に合うのかという点も懸念されます。ほかにも(表2)のような課題が挙げられます。
─パンデミック時にかかりつけ医機能がうまく働くためには、どのようなことが大切ですか。
飯山 まず、「かかりつけ医」という言葉にとらわれない医療の仕組みづくりが必要です。また、有事の際にすぐに行動できるように、平時から行政と医療者が協力し合える体制をとることも重要です。そして、みなさんが落ち着いた行動をとることができるよう、感染症や医療に関する冷静な広報を求めたいところですね。