08.27
WEB版 スペシャル・インタビュー|
歌舞伎俳優 尾上右近さん
〝歌舞伎界のプリンス〟と呼ばれて久しい尾上右近の自主公演『研の會(けんのかい)』が8月31日、9月1日に大阪・国立文楽劇場で、9月4日、5日に東京・浅草公会堂で開催される。子役の時代から頭角を現した〝プリンス〟は、今や映画や舞台、ミュージカル、ドラマにと他ジャンルからも引っ張りだこで〝多才な俳優〟としての地位を確立。主戦場とする歌舞伎の自主公演『研の會』は今年で8回目となるが、「今回が一番気合いが入っています」と自信をみなぎらせた。
■こだわり抜いた自主公演
2015年の第一回公演から始まり、コロナ禍で2回休止された以外、『研の會』は毎年開催されてきた。
「9年前、23歳のときに始めました。そのころは10回までは続けたいと思っていましたが、ついに8回まできました。残り、あと2回ですね」と感慨深げに振り返る。
毎年、こだわりの演目を自分で吟味しながら選んできた。
今年は『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』と『連獅子(れんじし)』の二つを演じる。
「『摂州―』は元々、インドの伝説が日本へ伝わり、舞台を大阪に置き換え生まれた作品を歌舞伎化したもの。義理の息子に恋する玉手御前を演じます。若い継母が継子に恋するという禁断の物語ですが、それは果たして恋なのか、愛なのか?あえて僕がどう考えながら演じるかは申しません。その答えは見る人の判断にゆだねたいと思っていますので……」
共演者についても、「僕自身が、是非見てみたいと思う俳優さんにお声がけし、配役を考えさせていただいてきました」と右近は言う。そんなこだわりの配役も『研の會』ならではの大きな魅力のひとつである。
『連獅子』では、右近が親獅子を演じ、仔獅子には11歳の尾上眞秀にオファーをした。
「僕は初めてこの『連獅子』で親獅子を演じます。これまで4回、『連獅子』を演じさせてもらってきましたが、いずれも仔獅子でした」
右近が仔獅子を演じたとき。市川團十郎、市川猿之助、尾上松也、尾上菊之助の4人の先輩が親獅子を演じた。
「世襲のある歌舞伎では『連獅子』は血縁者や親子で共演し、その世界に重ねるということが多いのですが、僕の父は歌舞伎俳優ではないので、先輩方の親獅子と共演させていただいてきました。今度は僕が初めて親獅子となって歌舞伎界に少しでも、そのお返しができれば、と思っています」
なぜ、眞秀だったのか?
「彼も父親が歌舞伎俳優ではないので僕と環境が似ていると思うのです。そんな彼に声をかけたら、『連獅子』を見るのがつらかった、と言うのです。歌舞伎の世界の親子の関係を見せられるのがつらいのだと。僕も似た道をたどってきましたから、そのつらさは痛いほど分かります。同じ思いを共有しながら『連獅子』を演じたいと思い、誘いました」
眞秀の母は女優の寺島しのぶ。祖父は七代目尾上菊五郎。父はフランス人だ。
寺島へ眞秀との共演の意思を伝えると、ぜひ共演させてほしい、とすぐに応えてくれたという。
「『摂州~』では母親の愛を、『連獅子』では父親の愛を表現できれば…。そう考えています」
8回目の『研の會』で右近が挑もうとしているテーマは壮大だ。
■歌舞伎への目覚め
右近は浄瑠璃の清元節宗家の家に生まれた。
なぜ、歌舞伎の世界へ飛び込んだのか。
「3歳のころ、曾祖父(六代目尾上菊五郎)の『鏡獅子』を見て衝撃を受けました。この『鏡獅子』になるにはどうしたらいいのか」
日本映画界の巨匠、小津安二郎監督が撮ったドキュメンタリー映画『鏡獅子』(1936年)。その映像で見た曾祖父の歌舞伎に魅せられ、自らの意思で曾祖父と同じ道へ進むことを望んだ。
七代目尾上菊五郎の下で修行を積み、天才子役の名をほしいままにしたが、「変声期なども加わり、苦しんだ時期が長くありました」と吐露する。
「この危機を乗り越えるためにはどうすればいいのか…」と考え抜いて企画したのが、自主公演『研の會』だった。
「自分の好きな演目を選び、自分の好きな配役を決め、出演を依頼する。歌舞伎には演出家はいないので、自分で演出したり、企画をプロデュースしたり、舞台セットなども、歌舞伎俳優は自分で決めなければなりません」
誰にも頼ることのできない、誰のせいにもできない年に1回の自主公演を自らに課すことで歌舞伎俳優としての経験を積み上げてきた。
■歌舞伎界での責任
歌舞伎俳優としてのターニングポイントを聞くと、こう即答した。
「ピンチのとき。誰かにそのピンチを救ってもらうのではなく、自分が率先して引き受ける。歌舞伎界の先輩たちがそうする姿はいつも見ていました」
2017年、「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」の公演中に主演の市川猿之助が腕を骨折し降板した際、猿之助の代役をつとめたのが右近だった。
猿之助に代わって主演、ルフィの大役を無事に務め、右近の名は歌舞伎界の内外に知れ渡った。25歳のときだった。
「今、振り返ってもみても、この経験は大きかったですね」
2020年にはミュージカル『ジャージー・ボーイズ インコンサート』の舞台に立ち、映画『燃えよ剣』(2021年)で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。NHK大河『青天を衝け』(2021年)や、『NICE!FLIGHT』(テレビ朝日系)などドラマでも活躍。歌舞伎俳優の枠を超えた多彩な演技力で見る者を魅了してきた。
「色々なお仕事で呼んでいただけるのも、そのお仕事を責任持ってつとめられるのもあのの時の経験が活きています」
通算8度目となる『研の會』だが、実は大阪公演は初めてだ。
「今年は大阪、次いで東京と過去最大規模の公演になります。歌舞伎を観るのが初めてという方にも気軽に来てほしいと思っています。第8回を無事成功させて、10回に向け、全国ツアーへと広げていければ……」
現在、眞秀との『連獅子』の稽古など公演本番に向け余念がない。たくましさを増した〝歌舞伎界のプリンス〟の新境地が披露されそうだ。
(文・戸津井康之)
◾プロフィール
尾上 右近(おのえうこん)
1992年生まれ。曽祖父は六代目尾上菊五郎。2000年4月歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で岡村研佑の名で初舞台。七代目尾上菊五郎に預けられ、2005年新橋演舞場『人情噺文七元結』の長兵衛娘お久、『喜撰』の所化で二代目尾上右近を襲名。2018年七代目清元栄寿太夫を襲名。その活躍は歌舞伎界のみにとどまらず、ミュージカル「衛生~リズム&バキューム〜」、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」、その他バラエティー番組、歌番組など多方面にわたる。映画「燃えよ剣」にて第45回日本アカデミー賞 新人俳優賞受賞。本年は映画「八犬伝」、映画「十一人の賊軍」の公開と、錦秋十月大歌舞伎「音菊曽我彩」、歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」の公演が控えている。