8月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第156回
人口密集地で考えた
「かかりつけ医と かかりつけ医機能」
─かかりつけ医とはどんな医師ですか。
武部 日本医師会ほかの提言では、かかりつけ医は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を相談でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義しています。また、厚生労働省は「①健康に関することをなんでも相談できる ②必要な時は専門の医師・医療機関を紹介してくれる ③身近で頼りになる医師」としています。
─かかりつけ医の診療科は何科になるのでしょうか。
武部 診療科は限定しておらず、また、病院か診療所かなど医療機関の規模も関係ありません。患者さんにとって信頼できる、寄り添ってくれる医師がかかりつけ医としてふさわしいのではないでしょうか。
─かかりつけ医機能とは、どのような機能ですか。
武部 日本医師会では、かかりつけ医の能力向上を目的にかかりつけ医機能研修制度を2016年からおこなっていますが、ここではかかりつけ医機能を ①患者中心の医療の実践 ②継続性を重視した医療の実践 ③チーム医療・多職種連携の実践 ④社会的な保健・医療・介護・福祉活動の実践 ⑤地域の特性に応じた医療の実践 ⑥在宅医療の実践としています。
─「地域の特性に応じた医療の実践」とありますが、兵庫県は「日本の縮図」といわれるほど地域間に差がありますよね。
武部 その通りで、神戸や阪神間のように人口も医療機関の数も多い都市部もあれば、但馬や西播磨のように過疎が問題となっていて医療機関も少ない地域もあります。そのそれぞれがどのような実情で、どんな課題があるのか、尼崎市と香美町を比較してみましょう。ちなみに、尼崎市と合併して香美町になる前の旧美方町は、友好交流都市でした。
─尼崎市と香美町は人口密度がどれくらい違いますか。
武部 令和5年のデータによれば、尼崎市の人口密度は1㎢あたり8970.9人で兵庫県の市区町でトップなのに対し、一番低い香美町は40.3人ですから200倍以上の差があります。また、老齢人口の割合、医療機関や高齢者施設の数も大きく異なります(表1)。ですので、地域によって住民が必要とする医療は異なりますし、提供できる医療体制も異なるので、地域によって求められるかかりつけ医やかかりつけ医機能も異なると思われます。
─香美町ではどのような現状があり、どんな課題を抱えていますか。
武部 香美町は医療機関が少ないので、患者さんからするとかかりつけ医の選択肢が少ないですが、反面、基幹病院への医療連携が比較的単純なので病診連携がスムーズです(図1)。一方で、地域に合ったかかりつけ医機能を提供するには地域の医療や介護の状況を熟知した地域医師会の働きが重要になってくるのですが、香美町は「平成の大合併」の影響で、同じ町内でも小代地区(旧美方郡美方町)と村岡地区(旧美方郡村岡町)が美方郡医師会、香住地区(旧城崎郡香住町)が豊岡市医師会と2つの医師会の管轄という形になっており、行政区とのねじれという現象が起きています。また、美方郡医師会は新温泉町も管轄しています。美方郡医師会は、平成29年より在宅医療・介護連携推進事業を立ち上げ多職種連携にも積極的に取り組むとともに、地域住民との交流を深めるためにフォーラムも開催していますが、行政区とのねじれのほか、会員数の少なさや会員の高齢化も大きな課題になっています。
─一方の尼崎市はいかがですか。
武部 尼崎市は狭い地域の中に数多くの医療機関が存在するため、医療のフリーアクセスのもと患者さんは自由に医療機関を選択できる環境を享受できます。一方でそれぞれの診療科ごとに主治医が存在し、患者さんと主治医や基幹病院を繋ぐ線が複雑に絡み合っています(図2)。
─尼崎市では香美町のような行政区と医師会の管轄エリアの乖離がありませんが、医師会と市の協力体制はいかがですか。
武部 一例ですが、尼崎市医師会は尼崎市と協力し、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で生活ができるように入退院支援、日常療養の支援、急変時の対応、看取りに対して専門職が包括的な支援やサービスを提供できる体制や連携の構築を目指して、平成30年に「あまつなぎ」を設立しました。この取り組みは令和2年の厚生労働省主催の研修会で上手く展開している参考事例として報告されるなど、医師会と行政が一体となって稼働する活動が高い評価を得ていますが、現実はまだまだ利用者が少ないので、今後はもっと多くの人に利用していただけるようにしないといけないですね。
─かかりつけ医が浸透し、かかりつけ医機能がより発揮されるために、どのようなことが大切になるのでしょうか。
武部 開業医だけでなく、医師会も一緒になって、かかりつけ医機能を点ではなく面で支えるようにするのが理想だと思います。地域のそれぞれの医師は縦糸となって、各自の専門分野はもちろん、幅広い知識を日々習得して患者さんや多職種のみなさまから信頼されるように精進する必要があるのではないでしょうか。そして地域の医療や介護体制を熟知した地域の医師会と行政が横糸となり、医療や介護サービスの提供者を繋げ、都市部も過疎地域もそれぞれの地域の実情に応じた医療体制を提供する必要があります。つまり医師という縦糸と、医師会や行政という横糸でかかりつけ医やかかりつけ医機能を織りなしていき、それらは各地域の状況に応じて独自のものが展開されるべきではないでしょうか。