8月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.34 神戸大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科頭頸部外科 丹生 健一先生に聞きました。
耳、鼻、喉など五感をつかさどる器官が集まる頭頸部に何かトラブルが起きると生活に大きな支障が出てしまいます。
病気や治療のこと、予防法など丹生健一先生にお話しを伺いました。
―耳鼻咽喉科は普段から馴染みがあるのですが、頭頸部外科とはどの領域を扱っているのですか。
文字通り「頭」と「頸(くび)」で、脳、眼、脊椎を除く領域の悪性腫瘍「頭頸部がん」、また食べ物が飲み込みにくくなる嚥下障害や声がかれて出にくくなる音声障害などの治療を担っています。近年は高齢化が進み、がんをはじめこれらの症状の患者さんが増えています。そこで、これまでも診療科名としては「頭頸部外科」を掲げていましたが、次世代を担う若い先生方にも外科治療の魅力を広く知ってもらおうと学会名も「日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会」と改称しました。
―頭頸部がんはどこにどんな原因で発症するのでしょうか。
鼻、口、喉などあらゆる場所で発症します(図参照)。
例えば、たばこの煙の通り道「喉頭」にできるがんやお酒の通り道「咽頭」にできるがんは、それぞれ喫煙と飲酒といったリスクの長年にわたる積み重ねによって起き、ご高齢になって発症するケースが多いがんです。耳下腺がんは生活習慣とは関係なく遺伝子に突然起きる異常が原因で、若い方でも発症します。また最近増えているのが中咽頭のがんの中でも扁桃(へんとう)がんです。これまで飲酒などの生活習慣が原因といわれていましたが、最近、子宮頸がんの原因としてクローズアップされているHPV(ヒト乳頭腫ウイルス)によって起きている扁桃がんが年々増えています。性的接触で感染するといわれるHPVは口から体内に侵入することもあり、日本では子宮頸がんの三分の一程度の扁桃がんの患者さんがおられます。HPVワクチンは女子を対象に積極的な接種が再開されましたが、男子も感染によって中咽頭がんや肛門がんなどを発症することがあります。我が国では男子は定期予防接種の対象とはなっていませんが、男子が女子にウイルスをうつしたり、その逆のケースもありますので、お互いのために男女ともにワクチンを接種するべきです。ぜひ広く皆さんにも知っていただきたいと思います。
―甲状腺や口腔がんの治療も担っているのですか。
神戸には甲状腺の専門治療で多くの症例を扱い世界的にもハイレベルな隈病院があり、優秀な先生がそろっておられますが、様々な持病を持つ高齢の患者さんや関連診療科との連携が必要な進行がんの患者さんの場合などは当院でお引き受けし治療に当たらせていただくこともあります。口腔がんの中でも症例の多いもは「舌がん」です。当院では、歯科口腔外科にご紹介頂いた場合は歯科口腔外科で、当科にご紹介頂いた場合や進行がんの患者さんは当科で治療に当たっています。院外、院内ともに連携協力が円滑に行われているのは神大病院が自慢できる点の一つだと思っています。
―頭頸部がんの手術にはどんな方法があるのですか。
がんの場所や進行の段階によって最も効果的で、できるだけ後遺症を残さない方法を採用します。早期のがんでは内視鏡手術やダ・ヴィンチを使う鏡視下手術など低侵襲な手術を行い、喉頭がんや下咽頭がんには放射線治療の併用も効果的です。副鼻腔の中でも「上顎洞」のがんでは足の付け根からカテーテルを入れて動脈に直接抗がん剤を入れながら放射線治療を併用します。鼻腔の上部にできるがんでは耳鼻咽喉科が内視鏡で視ながら鼻腔側から、脳外科の先生が顕微鏡で視ながら頭の中から同時に手術を進めてがんを切り取り、顔に傷を残さないようにする方法もあります。
―頭頸部の手術では機能の回復も必要ですね。
放射線治療の効果が期待できない舌がんでは外科手術なしで完治は難しく、形成外科にもチームに加わっていただき失われた部分の再建手術で食べたり喋ったりする機能を回復させます。脳梗塞など脳血管障害で嚥下障害を起こした患者さんの治療では喉頭を吊り上げたり、食道の入り口を広げたりする手術で飲み込みやすくします。声が出にくい発声障害の患者さんのいろいろな方法で、音声を改善しています。喉頭がんで喉頭を摘出した患者さんにも食道発声や、電気喉頭、気管食道瘻発声(プロボックス®)などの代用音声により会話ができるようになります。
―顔面の麻痺や難聴も外科手術で回復が可能なのですか。
顔面神経麻痺の原因はほとんどがヘルペスで、抗ウイルス薬やステロイド剤で治療します。それでも難しい場合は、脳から出た神経が通っている骨の隙間を少し広げてあげて神経へのプレッシャーを軽減すると回復の可能性もあります。難聴については耳垢が詰まったり鼓膜に穴が開いたり、中耳炎で水が溜まったりというメカニックの問題とは別に、ご高齢の方の場合は、加齢による影響で音を感じる神経の機能が落ちていることが多く、補聴器が有効です。最終的に聞こえが非常に悪くなった場合は、内耳に電極を埋め込む「人工内耳埋め込み術」という方法で聞こえが改善されます。ご家族から「反応がないのは認知症だから仕方ない」と放っておかれていたおじいちゃん、おばあちゃんが実は「耳が聞こえてなかっただけ」ということもあり、手術を受けて家族の一員に戻れるのはとてもいいことです。
蝸牛の障害は千人に1人程度の割合で先天的なケースもあります。新生児聴覚スクリーニング検査で聞こえが悪いと判定されたら、3ヶ月以内に精密医療機関で検査を受け、補聴器や人工内耳の適応を検討してもらってください。
―加齢による感覚の衰えは予防できないのですか。
人間は内耳にある三半規管や目、足の裏の圧感覚など様々なセンサーからの情報を利用して平衡感覚を保っています。加齢に伴い、これらのセンサーの機能や、体を支える筋力が衰えると平衡感覚が保てなくなってしまいます。少しずつでもいいので日頃からしっかり歩いて感覚と足腰の筋肉を鍛えることが大切です。飲み込む力は一気に衰えたりしないのですが食べものや飲みものが喉を通る感覚が衰えて誤嚥が起きます。ご高齢の方には冷たい飲み物やトロミをつけた食べ物で、感覚の衰えを補ってあげるといいでしょうね。聴覚に関しては大きな音は避けること。大音量でのイヤホン使用はダメです。まずは美味しく食べて楽しく暮らすこと。これが一番の予防法です。
丹生先生にしつもん
Q.丹生先生はなぜ医学の道を志されたのですか。中でも耳鼻咽喉科、また頭頸部がんを専門にされた理由は?
A.単に父親が耳鼻咽喉科医だったから(笑)。耳鼻咽喉科・頭頸部外科は聴覚・平衡機能・嗅覚・味覚・音声・摂食・嚥下と取り扱う分野が多く、命と機能を守る外科の魅力に惹かれたというのが一番の理由です。国立東静岡病院で勤務していたころ、都心部の病院と違って地方の病院ではがん治療が難しいと気付きました。そこで、癌研究会附属病院(現・がん研有明病院)頭頸科で勉強させていただき頭頸部がんを専門とすることになりました。
Q.病院で患者さんに接するにあたって、また大学で学生さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.「もし自分だったら、自分の家族だったら、どうしてもらいたいかな?」と考えるようにしています。学生たちにもそんなふうに話しています。また神戸大学病院の全診療科で総力を挙げて患者さんの治療に当たり、粒子線治療のように当院では行なっていない特殊な治療が必要な時には実施可能な病院をご紹介するなど、常に患者さんのために最良の方法を考えるよう指導しています。
Q.先生ご自身の健康法やリフレッシュ法は?
A.早寝、早起き。朝は早くから来て仕事をして、教授が遅くまでいると周りのスタッフも帰りづらいでしょうから仕事を終えたら早く帰るよう心掛けています。そして週末は家内とのゴルフでリフレッシュしています。