2024年
6月号
6月号
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第九回|遊びのある道具 ― 墨壺の魅力
墨壺は長い直線を正確かつ簡単に引くための大工道具です。墨汁をたくわえた壺に糸を通し、糸車で巻き取るつくりで、糸を引っ張りながら真上に持ち上げ、パンとはじくと、表面に真っ直ぐな墨線が残ります。多少の凹凸にかかわらず正確な線が引けるので墨付仕事には欠かせません。
墨壺はその造形が魅力の一つです。日本の大工道具は機能優先で彫物などの遊びを入れることは稀なのですが、この墨壺だけは遊んでいるものが多いのです。美しい流線型をもったもの、奇抜なモチーフを採用したもの、巧みな彫物を施したものなど、さまざまなバリエーションがあります。他の刃物系の道具と異なり、大部分が木のため、昔は大工が自作していたことが理由の一つとされます。ときには現場に持ち込む墨壺の出来栄えで大工の腕が判断されることもあったといいます。明治になると専門の彫物師が製造するようになり、縁起物の鶴と亀を彫るのが定番となりました。
さて、このように糸巻と壺が一体化した墨壺は、欧米には無く(欧米は分離式)、中国を初めとして朝鮮半島や東南アジア諸国など、中華文明が及んだ地域で使用されていることがわかっています。彫物を施す文化も共通しています。明治時代に来日し、大森貝塚を発見したことで知られる動物学者モースが、日本の大工が墨壺を使うのを見て驚き、アメリカでもこれを用いたらどうかと日記に残したことが知られています。造形だけではなく文化人類学的にも奥が深い道具といえるでしょう。
(主任学芸員・坂本忠規)
竹中大工道具館
TAKENAKA CARPENTRY TOOLS MUSEUM
神戸市中央区熊内町7-5-1
Tel.078-242-0216
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
開館時間:9:30~16:30
(入館は16:00まで)
https://www.dougukan.jp/