3月号
未来を駆ける神戸の新風 VOL.10|「100年に1度」の変革! 「足元」から支える フロントランナーに聞く 次世代のタイヤへの想い
環境への配慮と技術革新が重要なテーマとなっている車の世界。特に、以前から問題視されてきた排出ガスなどの環境面への対策として目を向けられているのが電気自動車(EV)だ。
自動車業界はいま「100年に1度」の変革期とも言われるが、その動きを「足元」から支えるのがタイヤメーカーだ。そして、その“タイヤ”を日本で牽引してきたのが『ダンロップ』ブランド、『ファルケン』ブランドを持つ住友ゴム工業株式会社(神戸市中央区)。
同社は自動車タイヤ国産第一号を生産、日本初のチューブレスタイヤを開発、世界初の100%石油外天然資源タイヤ「エナセーブ 100」を発売するなど、業界のフロントランナーとして駆け抜けてきた。近年はEV用のタイヤに注力している。その狙いや開発にかける想いを、ゴムのまち長田で生まれ育ち、ずっと開発畑を歩んできた取締役常務執行役員の村岡清繁氏に話を伺った。
電気自動車は、100年後の"未来をひらく“一つの考え方
欧州、中国ではEV車の市場が拡大しており、御社も市販用EVタイヤを投入されましたが、市場の拡大をどのようにご覧になられていますか?
拡大の背景は、「環境」が一つのキーワードになっています。電気自動車を普及させることが目的ではなく、環境対応のためには車の排気ガスを減らさないといけない、そのためには、電気自動車のようなものが大事なんだ、というところがポイントだと思います。そういった考え方の結果として電気自動車など、環境に良いものを使っていく。こういった世の中の流れは、我々も向き合わなければならない点です。
当社はパーパスとして、「未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる」を掲げていますが、この中で一番好きな部分が「未来をひらくイノベーション」という言葉です。
良いフレーズですね。
そもそもイノベーションとは何のためにあったのか?ということを紐解くと、産業革命が起こって、人々に便利なものを、皆が使えるように利便性を追い求めるためにありました。その結果、生活が非常に良くなりました。しかし、いま、何に直面しているか?環境問題です。これはつまり、未来が無くなっていっているということが起こってしまっています。
だから、これからのイノベーションは、„未来をひらく"、すなわち、5年後、10年後、100年後に、私たちの子ども、子孫が存続できる世の中を作らないといけません。つまり、これからのイノベーションが向かうべき観点は、従来の利便性追求だけでなく、未来を存続させることだと考えています。
そういう意味では、電気自動車というのは、„未来をひらく"ための一つの考え方なのかな、と思います。
村岡常務は製品やサービスを開発するときに、「差別化」よりも「先行化」を大切にされていると聞きました。
普通は、まずは「差別化」だと思います。確かに他社との差別化は重要ですが、もしそれが、ニッチで限られたお客さまだけのものであれば、世の中全てに広がらないのではと思います。私は、世の中の広い課題を解決するには、多くのお客さまに買っていただける汎用的な製品やサービスを、他社に先駆けて開発して、販売する姿勢が重要だと考えています。
そして、もっと言えば、「環境対応」のようなスケールの大きな課題になってくると、世の中の全員で取り組まなければ解決できません。そう考えたときに、他社も同じように追いかけることで広がりを見せ、多くの人がそのメリットを享受し、世の中が変わっていくようなことに重きを置きたい。それで、「差別化」よりも「先行化」を念頭に置くべきだという考えを、日ごろ、社内の研究者や技術者と共有しています。
「先行化」を代表するような製品は何でしょうか?
1つはタイヤのセンシング技術です。住友ゴム独自のタイヤセンシング技術「センシングコア」は他社よりも早く、1997年に当社が実用化した空気圧低下警報装置「DWS」の技術がベースとなっており、タイヤの空気圧、摩耗状態、荷重や滑りやすさをはじめとする路面状態を検知する技術です。この技術は、来るべき自動運転社会やサスティナブルな社会にさまざまな面で貢献できると考えています。
もう1つは、2013年に発売した、世界初の100%石油外天然資源タイヤです。
これは2000年の初め頃、石油枯渇が危惧されたときにその課題解決案として開発しました。しかし、発売までの間にシェール革命が起こり、石油枯渇を懸念する声がトーンダウンしてしまいました。それでも、その後もサスティナブルなタイヤの原材料の開発を続けていました。すると現在になって、今度は環境問題に直面し、改めてこの技術の重要性がクローズアップされています。
私自身振り返ると、2013年の時には、天然資源タイヤを作ることが目的になって、「何のためにそのタイヤを作るか?」という本来の意味が開発の過程で薄れていたのかもしれません。しかし、現在思うのが、「何のために私達がそれをやらなければならないか?」というところにフォーカスし続けることが大事だと思います。それができていれば、早い段階で、もっともっとサスティナブルへの対応ができたかもしれません。
EV化時代、タイヤは自動車の発展のカギを握っている!
タイヤ開発のお話が出てきました。話題は少し戻りますが、そもそもEVタイヤと普通のタイヤは何が違うのでしょうか?
基本的にタイヤの性能というのは、①ドライバーの思うように走る・曲がる・止まるなどの動作が「グリップ性能」②長く使えるかという「耐摩耗性能」③走行できる距離の効率性を指す「燃費性能」で、背反性能を持つこれらをいかにレベルアップさせていくのか、ということに今まで取り組んできました。
一方で、電気自動車ですが、自動車そのものの現在の課題として電池の性能があります。電気自動車が一回の充電で走れる航続距離を伸ばすためには、タイヤも協力をしていかなければなりません。すなわち、「電費(低燃費)性能」に力を入れた製品になります。
電気自動車用のタイヤとしてのもう一つの特徴が「静粛性能」です。電気自動車はエンジン音がしないため、路面やタイヤからの音を感じやすいと言われており、音に対する性能改善がより求められています。
そして3つ目の特徴は、「耐摩耗性能」がよりシビアに評価される点です。電気自動車は、従来のガソリン車よりも加減速が自由自在であることと、現状はかなり重量があるのでタイヤに負荷がかかります。
従来の性能要求の延長線上にあるものにはなりますが、プラスαもっと強化をしないといけません。
また、タイヤの性能向上だけではなく、先ほどお話ししました「センシングコア」など当社独自の技術を組み合わせることで、将来のモビリティ社会に幅広く貢献していきたいと考えています。
「センシングコア」で得た情報は自社だけでなく、他社とも共有するイメージでしょうか?
はい。自動車メーカーさまには、実際に路面に接しているのはタイヤなので、タイヤから得られる情報は非常に有用であると期待されております。
このように皆が情報を共有することによって、利用者にとっては利便性や安全性が上がりますし、メーカーにとっては、自動運転など新しい技術の発展に繋がると思います。
新構想のタイヤ技術!アクティブトレッド
ウエット路面でもアイス路面でも高いグリップ力を発揮するタイヤ技術、「アクティブトレッド」というものを発表されました。
タイヤというのは雨が降ると滑りやすくなるし、温度が下がるとゴムが硬くなって滑りやすくなります。雨や雪の日でも晴れの日と同じように安心して走れるタイヤはできないか?つまり、天候によって変化する路面環境に対応して安全・快適に運転できるタイヤ作りに挑戦しています。
アクティブトレッドは水や低い温度でゴムが柔らかくなり路面にしっかり密着することでグリップ性能が向上します。
この技術を夏のドライ路面も雪道も走ることができるオールシーズンタイヤに搭載した次世代タイヤを2024年秋に発売予定です。
車のユーザーからすれば、夏用・冬用とタイヤを2組揃えなくていいのは嬉しいですね!でもメーカーとしてはどうでしょうか?
確かに、タイヤを売る機会は減ります。しかし、お客さまにとってみればどちらが良いのか?そして、最初に話していた環境対応にも繋がります。
当社をはじめ、多くの企業は、化石資源からバイオマス原材料への転換などを進めていますが、バイオマス資源にも使える量の上限があります。それを補うためには、リサイクルやリユース、もっというと、そもそもの使う量を減らす、ということが必要になってきます。
そこで、アクティブトレッド技術を発展させることで、夏冬2セット保有していたタイヤが1セットになると、使用する原材料の量は単純計算で半分で済むようになります。つまり、話は戻りますが、アクティブトレッド技術は、„未来をひらく"技術でもあるのです。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
経営的な話になりますが、何かイノベーションを起こそうとしたときに、上の立場の人間に必要なのは、最先端の技術に対する興味です。そこで出てくるキーワードは、絶対にその先に繋がる、社会に必要な技術であるはずなので、一見関係のなさそうな話題でも感度高く見て、自分たちの持っている強みとどう繋がっていくのだろうと想像し、そのような場に若い人を行かせることで、アイデアが生まれたりします。ですので、どんな業界でいらっしゃる方も、感度を高く持つことをおすすめします。
住友ゴム工業株式会社
取締役常務執行役員 村岡 清繁さん
1985年4月に住友ゴム工業株式会社に入社。ゴム材料の研究開発に従事。2015年3月執行役員 材料開発本部長兼材料第一部長、2020年3月常務執行役員 研究開発本部長兼材料開発本部長などを経て、2022年3月 取締役常務執行役員 研究開発本部長、現在に至る。タイヤ事業の技術、生産を統括している。
住友ゴム工業株式会社
本社 神戸市中央区脇浜町3-6-9
東京本社 東京都江東区豊洲3-3-3豊洲センタービル