3月号
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第六回| やむべからざる実質の美 ― 「久弘」
「久弘」(後に左久弘)は明治時代に活躍した初代・柏木梅吉から三代続き、中でも二代の柏木政太郎がつくった鑿は、特に建築用材のほぞ穴掘りを専門とする穴屋の間で「切れ味抜群で丈夫な鑿」として高い評価を得ていました。
穴屋はもっぱら鑿と玄能(金槌)を使用して、驚異的な速さでほぞ穴を掘る技能集団です。道具へのこだわりも強く、わずか五匁(約十九g)の玄能の重さの違いも受け入れない厳しいものでした。ある名工鍛冶が注文の厳しさを窮屈に感じてか、穴屋の注文から一切手をひいてしまった後、久弘のもとに注文が多く入ることになります。
他の名工とくらべて手に入れやすい価格であり、持久力、切れ味上々となれば絶大な人気となっていきます。最盛期には職人、弟子を含め十人ほどの体制で生産量も多く、研ぎ屋を自分の敷地内に住まわせるほど、裕福であったそうです。
しかし「久弘」は、ただただ実用一辺倒で数をこなすだけの職人だったのでしょうか。名工の系統でない初代久弘・柏木梅吉は仕事が終ると、ある鍛冶屋の夜店に足繁く通います。店主「正光」は当時「格好正光」などと揶揄されるほど姿形の優れた道具をつくっていました。ならべられた鑿を羨望のまなざしで眺め、自分に足りないモノを取り入れようと思ったはずです。のちに名工のエッセンスを織り交ぜつつ、格好のよい実用道具を数多くつくるようになりました。
地下二階の名工コーナーには精緻を極め使用をためらうほどの「千代鶴是秀」の道具などと一緒に、装飾のない実用に徹した「久弘」の鑿が展示してあります。それぞれ雰囲気の違う道具たちのなかに、琴線に触れる道具がありますでしょうか。
(技能員・久保正幸)
竹中大工道具館
TAKENAKA CARPENTRY TOOLS MUSEUM
神戸市中央区熊内町7-5-1
Tel.078-242-0216
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
開館時間:9:30~16:30
(入館は16:00まで)
https://www.dougukan.jp/