2025年
12月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (68)後編 山田風太郎

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築きあげた郷土の文化人脈…受け継がれる創作魂

家計を支えた小説

推理小説雑誌『宝石』の懸賞小説に送った応募作「達磨峠の事件」が入選し、山田風太郎は1946年、作家としてデビューを果たす。東京医学専門学校(現在の東京医科大学)に在学する現役の大学生で、24歳だった。
このデビュー当時の様子について、『別冊太陽 山田風太郎』(平凡社)のなかで、評論家の新保博久氏が「乱歩・風太郎 交歓魔界図巻」というタイトルで、こう綴っている。
《審査員のひとり江戸川乱歩の知遇を得、医学校で学業のかたわら探偵小説の創作に勤しむ。そのころはまだ医業を継ぐ気だったわけだが、どんどん小説の注文が増え、卒業するころにはあっぱれ専業作家になっていた》
医大に進みながらも、山田は医師ではなく小説家として生きていくことを選んだ。
その一番の理由を、風太郎は「14歳での母の死だった」と打ち明けている。
『山田風太郎全仕事』(角川文庫)に収録されたインタビューのなかにこうある。
母を亡くしたあと。彼は、《その悲哀はどこへも持っていきようがないんですよ》と語り、《だから一種の酸欠状態になってくる、精神的な。それをごまかすために、スポーツは苦手だし、あの時代、映画も見られない、そういう状態だから本を読むよりほかにはないわけですよ。で、読むより自分で作ったほうが、いっそう現実逃避の目的にかないますからね》と、小説を書くことに没頭していった理由を語っている。
また、中学のころに両親を失い、経済的に困窮し、追い込まれていたことも、小説家を目指す原動力となったようだ。
《ぼくが親戚に育てられているころは、戦後のインフレが激しくて、仕送りの金が足りなくて、特に田舎が激しくないもんだから、言いづらい。それなら小説書けば原稿料をくれるではないかというので書いた。あのころは懸賞小説と言っても、50枚書いて千円くれましたからね》
父母を失った風太郎は、戦後の貧しい時代をしたたかに生き抜くためにも、プロの作家として小説を書き続ける必要に迫られていたのだ。

故郷の継承者たち

「山田風太郎賞」の選考委員を務めた神戸出身の作家、筒井康隆氏をはじめ、文化・芸術を生業とする人たちに風太郎ファンは多い。
本誌で連載中の美術家、横尾忠則氏もその一人である。
『別冊太陽 山田風太郎』のなかに、「挿絵への興味が生んだ小説家と画家」というタイトルで横尾氏がこんな一文を寄稿している。
それは夫婦で山田家を訪ねたときのこと。
《さて、ぼくが最初に目が止まったのは応接間の飾り棚の上にルーベンス、ブリューゲル、ダビンチ、聖書画集と並んで山口将吉郎、伊藤彦造、椛島勝一の挿絵画家の画集だった》
画集に見入る横尾氏に、風太郎はこう話しかける。
《「イヤー、ぼくは挿絵を見るのが大好きでね。挿絵の魅力から小説を読むようになったんです」》
この言葉を聞いて、横尾氏はこう思った。
《ぼくとまったく同じだ》と。
そして、《江戸川乱歩(そういえば乱歩の山田さんから依頼されて書かれた原稿が壁に飾られていた)、南洋一郎を知ったのも挿絵に惹かれて読んだからで、山田さんとぼくの動機は同じだけれど、その運命の着地点は片や小説家、片や画家だ》と理解した。
神戸出身の筒井氏、西脇出身の横尾氏、そして風太郎は但馬の生まれである。
《共通の話題にぼくの緊張感は一気にほぐれた。しかもお互いに兵庫県出身だ。山一つ挟んだ町で子供時代を過ごしている…》と続く。
映画界の重鎮、曽利文彦監督も風太郎を敬愛する一人だ。
昨年、風太郎の人気小説が大作映画として蘇った。タイトルは「八犬伝」。メガホンを執ったのが、曽利監督だった。
映画公開前、筆者は曽利監督を取材した。このとき彼が語った言葉が強く印象に残っている。
曽利監督は『八犬伝』を読んだのは、「15年ほど前」と振り返り、「以来、ずっと映画化を構想していました」と明かしたからだ。
南総里見八犬伝は滝沢馬琴が28年という長い年月をかけて書き上げた一大絵巻である。
風太郎は、馬琴が創り上げたこの壮大な物語と、馬琴が生涯を捧げてこの長編を完成させた人生とを交差させながら、時空を超えたストーリーとして『八犬伝』を紡ぎあげた。
曽利監督は、この空想の〝虚〟のパートと、実在の馬琴の創作過程の〝実〟のパートを巧みに交錯させながら映像で描きあげていく。
壮大な〝虚〟のパートを映像化する作業は「困難を極めた」と曽利監督は打ち明けた。
「15年前なら不可能でした」とも。だが、「現在の進化した高度なCG技術を駆使すれば、この壮大な世界観も映像化できるはず」と確信し、構想15年を費やし、風太郎の『八犬伝』は昨年、令和の時代に蘇ったのだ。
インタビューの最後に曽利監督が語った言葉をここで強調して書き記しておきたい。 
「滝沢馬琴から山田風太郎へと受け継がれた創作への執念を、現代を生きる映画監督として映像で何としてでも描きたかった」
母の死の悲しみを乗り越え、山田風太郎が遺した創作への執念、創作への燃え滾る魂…は、現代を生きる作家や映画監督たちの心へと確実に受け継がれている。
=終わり。次は大谷光瑞。
(戸津井康之)

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