10月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第28回〜
アクシオン
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回は、「冷たい暗黒物質」の候補二つのうちのひとつ、ニュートラリーノについてお話ししました。今回は、もうひとつの候補であるアクシオンについてお話しします。
第9回で、「CP対称性の破れ」についてお話ししました。「C(電荷)」と「P(パリティ、空間配置)」をどちらも正反対にすると対称になるのが「CP対称性」で、「破れ」ということからこれが対称ではないことを意味します。物質と反物質でまったく対称だと我々は存在しないことになるので、実際には破れている。ほんの少しだけ破れていれば現在の宇宙の姿は説明できる。そして、その破れを発見する実験が、我々のニュートリノ実験だ、という話でした(実験の話は第10回)。この「CP対称性」は、自然界のいろいろな階層で成り立ったり破れたりしているのですが、第16回でお話しした、自然界に存在する力に関しても適用できます。その中の「強い力」が今回の主役であるアクシオンを生み出す源です。
「強い力」は、理論的には、CP対称性を保つ必要はまったくなく、どれだけ破れていても構いません。しかし、実際に測定してみると、おどろくほど対称で、まるで破れていないのです。まぁ、「そうなっているのだから仕方ない」と達観することもできるのですが、物理学者というものは、そんなことでは納得せず、かならず、「そうなっている理由」を考え出すものです。そこで考え出されたのが、ロベルト=ペッチェイとヘレン=クインによる「ペッチェイ・クイン理論」です。この理論は、「強い力」においてCP対称性が自動的に成り立つことを説明しています。そして、その理論が正しければ、アクシオンという粒子が存在することとなるのです。
と言っても、何のことやさっぱりわからないでしょう?それも当然で、これを説明するには、「強い力」の理論から説明していかねばなりません。それは大学の講義であって、本コラムに相応しいものではありません。そこで、今回は、その代わりに、こんな喩え話を持ってきましょう。これは、アクシオン研究の第一人者であるピエール=シキヴィエが考え出した喩え話で、これを読んだとき、当時大学院生であった僕はあまりの見事さに舌を巻きました。
ここに、誰が置いたかわからないプール・テイブル(ビリヤードをする台)があります。これが宇宙、あるいは宇宙の仕組みを表わすものとします。ビリヤードの球が勝手に転がり出してはいけないので、通常、プール・テイブルは水平に置かれています。しかし、このプール・テイブルを調べたところ、人間では不可能なほどの精度でぴったり水平に置かれているのです。をを神よ!と宗教家なら叫んで終わりかも知れませんが、物理学者は神に頼らずにその理由を考えるのです。そこで考え出したのが、このプール・テイブルが、図の右のように、振り子のようになっているのではないか、ということです。理論物理学者がそのような考え(理論)を出したら、本当にそうなっているのかを調べるのが実験物理学者の仕事です。みなさんだったらどう調べますか。僕ならゆすってみます。振り子ならゆれるはずです。そして、この「ゆれ」こそが、アクシオンという粒子そのものなのです。シキヴィエ氏は、実際に研究会でお逢いしたことがありますが、とても上品な方ですので、せっかくのプール・テイブルなので、ここでビリヤードをしてみる、とのことでした。すると、球がクッション(プール・テイブルの端)に当たった反動で、テイブルがゆれるだろう、というわけです。これが、加速器を使ってアクシオンをつくり出す実験です。この実験は、ペッチェイ・クイン理論が発表されてからすぐに行われましたが、結局、アクシオンをつくり出すことはできませんでした。では、振り子構造ではなかったのか。物理学者はそうは考えませんでした。ではどう考えたのか。振り子が長すぎて、ビリヤードの球が当たったくらいではゆれなかった、との結論に達したのです。振り子の長さはアクシオンの質量に反比例し、つまり、振り子がとても長いということは、アクシオンがとても軽いことを意味します。加速器でつくり出すには軽すぎたのです。実際、アクシオンが「冷たい暗黒物質」であった場合には、なんと電子の一〇〇〇億分の一ていどの質量であると考えられています。他の素粒子と比べて、文字通り桁違いの軽さです。
では、どうすればこの構造を調べることができるのでしょうか。そこでシキヴィエ氏は妙案を考え出します。このような振り子構造のテイブルを置いたら、そのときの反動でゆれるだろう。そして、振り子の長さがあまりに長いので、宇宙のはじまりに置かれたこのテイブルは、今でもゆれ続けているだろう、と言ったのです。振り子は、長ければ長いほど、長時間ゆれ続けるからです。だから、宇宙初期のゆれ言い替えれば、宇宙初期につくられ、現在もそのまま宇宙に存在し続けているアクシオンを、探索によって発見しよう、というわけです。実際、ペッチェイ・クインの理論が正しければ、宇宙初期に大量にアクシオンがつくられたという計算になります。それこそ、宇宙の質量のかなりの部分を占めるほどに!
では、どのようにして探索するのでしょうか。次回はそれについてお話しします。

PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












