9月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第27回〜
ニュートラリーノ
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
前回は、暗黒物質の候補を挙げました。でも、ニュートラリーノだとかアクシオンだとか言われても、それが何なのか、さっぱりわかりませんよね。そこで、今回はニュートラリーノ、次回はアクシオンについて、どんなものなのか説明しましょう。それらそれぞれの解説をお読みいただければ、同じ「冷たい暗黒物質」と言っても、随分違うものだということがおわかりいただけると思います。
ずいぶん前にさかのぼりますが、第7回で、スピンの話をしました。素粒子の自転のようなものでしたね。そのスピンには、大きさ(角運動量)と向き(左巻きか右巻きか)とがあると説明しましたが、その後、反物質やCP対称性の話などをしたときには、向きに注目して話を進めていきました。今回は、その大きさのほうに注目してみましょう。
物理学には、あらゆるものの基本となる定数というものがあります。たとえば光の速度や電子の電荷量(電気素量)がそうです。その七つの基本定数のうちのひとつに、「プランク定数」というものがあります。「量子力学の始祖」であるマックス=プランクの名前を冠したこの定数は、エネルギーなどの基本定数となっています。たとえば、光(電磁波)が持つエネルギーは、その周波数にプランク定数をかければ求められます。神戸のラジオ局であるKiss FMの周波数は89.9 MHzですが、これにプランク定数(6.63×10-34 Js)をかけた値、5.96×10-26 Jが、Kiss FMがみなさんのラジオに向けて発信している電波ひとつあたりのエネルギーです。
スピンの大きさ(角運動量)も、このプランク定数を基にして表現されます。ただし、このプランク定数を2π(πは円周率)で割った、「換算プランク定数ħ(1.05×10-34 Js)」の何倍か、で表わされます。そして、これが重要なのですが、ラジオの電波の周波数は総務省に認められればどんな周波数でも選べますが、スピンの大きさは、粒子によって決まっているだけでなく、そのヴァリエイションも数種類に限られているのです。たとえば電子のスピンの大きさはħのちょうど半分、ħ/2です。ニュートリノのスピンの大きさもħ/2です。第4回で、電子やニュートリノを含めた、物質を構成する一二種類の素粒子を紹介しましたが、それらのスピンの大きさはすべてħ/2です。ついでに言うと、それらの反粒子のスピンの大きさもすべてħ/2で、ただし粒子とは回転方向が逆向きになっています。
第16回で、力を伝える粒子についてもお話し、光も電磁波を伝える粒子のことだと説明しました。これら、強い力を伝えるグルーオン、電磁波を伝えるフォトン(光)、弱い力を伝えるウィークボゾン(WボゾンとZボゾン)、重力を伝えるグラビトンも決まった大きさのスピンを持っていて、その大きさは、グルーオンとフォトンとウィークボゾンはħ、グラビトンだけ2ħです。また、第17回でお話しした、「質量を与える素粒子」であるヒッグス粒子のスピンの大きさは0です。言いかえれば、これだけ自転していません。
このように素粒子のスピンの大きさには、ħ/2、ħ、2ħ、そして0の4種類あるのですが、「/2」とついた(ħの半整数)ものと、ħの整数倍のものとでは、数式上はまったく異なる扱いとなります。そこで、物理学では、前者をフェルミオン、後者とボゾンとして、区別しています。
理論物理学者というものはいろんなことを考えつくもので、一九七〇年代初頭に、複数の物理学者によって、相次いで、「超対称性(supersymmetric)」なる概念が考え出されました。これは、それぞれのフェルミオンに対してボゾンの相手方が、またそれぞれのボゾンに対してフェルミオンの相手方が、それぞれ存在する、というものです。物理学者は何にでも対称性を見出すのです。これらの相手方は、スピンがħ/2だけずれているほか、質量も大きく異なりますが、数式上は対称なものとして扱えます。表の左側がこれまでお話ししてきた通常の素粒子とそのスピンの大きさで、右側がそれらの相方である素粒子です。これらを「超対称性粒子(SUperSYmmetric particle、SUSY)」と呼びます。
理論物理学者が思いつきで言いだしたものでも、我々実験物理学者はそれを実験によって検証しなければなりません。軽々しく思いつくのは勘弁して欲しいですね。この超対称性粒子も、それが提唱されて以来、ずっとその探索実験が行われてきました。しかし現時点では、これらのうちひとつとして発見されていません。ですから、表の左側はすべて実在する粒子ですが、右側はすべて実在が確認されていません。
これら超対称性粒子は、大部分が寿命がきわめて短く、生まれてもすぐ崩壊してなくなってしまいます。しかし、フォティーノ、ズィーノ、ヒッグシーノ(ヒグシーノ)の三つは、安定して存在することができます。これらは、もし存在するとしたら、混ざり合った状態にあると考えられています。この状態を「ニュートラリーノ」と言います。質量は、陽子の五〇倍から三〇〇〇倍の間だと考えられています。ずいぶん重いですね。
ここで暗黒物質の候補の特徴を思い出していただきます。「暗黒」であることから、通常の物質と反応しにくく、これまで観測されてこなかったものだ、ということでした。つまりこれはこのニュートラリーノの性質にぴったりではないか、ということで、暗黒物質の候補として脚光を浴びることとなったのです。

PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












