2025年
9月号
尾上右近自主公演 第九回 研の會(2025) © Tadanori Yokoo

神戸で始まって 神戸で終る 63

カテゴリ:文化人, 現代美術

演出、音響、舞台美術…
いくつもの視点で観る歌舞伎の面白さ

歌舞伎について書けと言われて、はたと困っています。歌舞伎は何度か見ていたりするけれど、ほとんど出し物の記憶がない。歌舞伎ファンというのは、役者のプライバシーにも興味があって、まるで親戚のことを語るような、実にマニアックな伝統芸能。伝統芸能への関心というより役者へのマニアックな関心に興味の大半が奪われているように思うが、そうした歌舞伎マニアックに言わせれば、それが歌舞伎ファンなんだということになるのかもしれない。
僕は、歌舞伎のポスターなども結構、何枚も描いており、その都度、歌舞伎俳優とはポスターの打ち合わせをしたり、そのほかにも、過去には個人的に歌舞伎俳優との交流もあったり、現在もあることはあります。僕は歌舞伎俳優でもないのに、歌舞伎俳優の細かい話を聞いたりするのが好きです。勿論、演出にも興味があるので、まるで自分が演出家であるかのような立場に立って、実に細かいことまで問いただしたりします。
歌舞伎の面白いところは、まず物語なんでしょうが、僕は、そんな物語なんかはどうでもよくて、普通、観賞者が気づかないような箇所、小道具であったり、小さい表情であったり、手や足の位置がえらく気になったりしています。この俳優はセリフにばかり気をとられて、足の指先が遊んでいて、そこへの演技の技術を見失っているとか、自分の演技にばかり関心が向いていて、相手の演技者との関係にちっとも気が入っていないとか、まるで小舅のように、どうでもいいところに目がいってしまうのです。俳優の全身が、その俳優の心というか魂が肉体と一致しているかどうかという、恐らく一般的な歌舞伎ファンとは別の箇所にばかり神経がいってしまっているのです。
それと同時に、舞台の音響が、俳優の演技とズレていないか。そうした音響効果や、照明や、舞台全体の人物の配置がちゃんとバランスがとれているかどうか、また舞台上の複数の俳優の動きが、隅々まで、ピタッと動きやセリフと一体化しているかどうか。その他、大勢の俳優の何人かは手抜きの演技をしている、ケシカランと思ったり、自分のセリフがない時に、一服して遊んでいる者を見つけて、その人が一体何を考えているのかと思ったり。たった今、進行している舞台から離れて、心は劇場の外の様子、プライベートに関心が向いているのではないか、俳優の顔をじっくり見ていればわかります。
まぁ、自分にスポットが当たっていない時は、それなりに手抜きをするのも、演技の内であるが、相当の名優でなければ、そんな器用なことはできません。能の世阿弥は、舞台に立った瞬間に「今日の客はスジがいいか悪いか」を読んで、その日の客のレベルに合わせてお芝居をしたのであります。何も隅々まで全力投入する必要はないのです。その時の客の入りや質に合わせて演ればいいのです。観客によっては、全力投入しても演技の良さがわかりません。むしろ手を抜いた方がわかるということだってあるのです。
「こんな風に僕は舞台を見ているんですよ」と俳優さんに言うと、「ウワー怖いですね」という俳優さんもおられますが、「そんなことは承知で演っています」と返す俳優さんは大抵名優です。
僕は造形美術が仕事の人間ですから、俳優さんひとりひとりをオブジェとして見ます。そして、舞台上の人と人との配置にも関心があります。人物の配置が上手くいっている演出は、それだけで舞台がビシッとしまっています。舞台だけに興味があるのではなく、名画などにも関心がある役者の演出は、一目で、その人の教養までわかってしまいます。
映画では、映画音楽が表現の重要なエレメントになっていますが、歌舞伎にも、うるさいほど様々な音響効果の演出があります。雨や雪、川の水の流れ、昼夜の時間の表現にも音が描かれます。幕が下りていても、舞台の奥から聴こえてくる音だけで、時間や天候まで表現してくれます。映画よりうんと高度な表現だと思います。
また、舞台装置にアッと驚くことがあります。舞台のセットが廻り、舞台によっては映画の移動カメラのように動いてくれます。あの天地の低い舞台空間で、目の錯覚を利用して、一階だと思っていた建物が二階になったり、またその反対に、建物が地面の底、つまり奈落に沈んでいくこともあります。歌舞伎の舞台は、実にスペクタクルで、まるで客がジェットコースターに乗っているような、時には映画以上の迫力を演出してくれます。
写真や動画の時代に、歌舞伎の舞台背景は、流れてくる滝や川もすべて、描き割りという絵で表現されています。巨大なパノラマ画を見ているようです。建物の装置と同じように、松や竹や梅も立体的な切り絵になっています。かと思うと、本物の植物も描き割りの絵とひとつになっています。まさにアバンギャルドです。
アバンギャルドで思い出しましたが、僕は、歌舞伎を見ている自分が、日本人ではなく西洋人の目と感性で見ていることに、ある時、気づきました。
今、『国宝』という映画が大変当たっていて、この映画の影響で新しい歌舞伎ファンが増えたと聞きます。「歌舞伎はこう観るべきだ」という従来の古い歌舞伎ファンの固定した見方を超えて、本来の歌舞伎観賞からいえばタブーかもしれませんが、歌舞伎の多様性には多様な見方があるということを知っていただければと思います。
歌舞伎を観たことのない方は、ぜひ一度、劇場に足を運んでください。

尾上右近自主公演 第九回 研の會(2025)
© Tadanori Yokoo

尾上右近自主公演 第七回 研の會(2023)
© Tadanori Yokoo

平成中村座(2011)
© Tadanori Yokoo

撮影:横浪 修

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。
横尾忠則現代美術館では、9月13日(土)より
『復活!横尾忠則の髑髏まつり』が始まります!
横尾忠則 現代美術館

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