6月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.43 神戸大学医学部附属病院 呼吸器外科 田根 慎也先生に聞きました。
呼吸器外科分野の中でも肺癌の治療法は目覚ましく進歩しているそうです。低侵襲手術で体力を温存し、集学的医療で機能を維持しつつ根治を目指す。詳しいお話を田根慎也先生にお伺いしました。
―呼吸器外科で治療をするのは体のどの部分ですか。治療を受けておられるのは主に肺癌の患者さんですか。
気管から肺、横隔膜と肺に囲まれた縦郭内が診療範囲です。ただし食道は食道胃腸外科、心臓と大血管は心臓外科の範囲ですのでそれ以外の部分に発症する疾患です。神大病院に来られる肺癌の患者さんの3~4割程度が肺癌の手術治療を受けておられます。
―肺癌の患者さんの主な治療法は外科手術ですか。
一般的に肺癌の15パーセントが小細胞癌、85パーセントが非小細胞癌といわれています。小細胞癌はリンパ節等に広がりやすく、局所療法である外科手術で根治を目指すには限界があります。たとえⅠ期であっても、術後は効果が得やすい抗がん剤による化学療法や放射線治療を併用するケースがほとんどです。一方、非小細胞癌はⅠ期からⅢ期までは手術が主な治療法です。
―手術だけで根治が可能なのですか。
非小細胞癌は、転移がないⅠ期、気管支から左右それぞれの肺への入り口である肺門のリンパ節に転移しているⅡ期、さらにリンパにのって気管支を上へと遡りリンパ節に転移しているⅢ期、骨や脳、肝臓など他の臓器へ遠隔転移しているⅣ期という4段階に分かれます。Ⅰ期とⅡ期の段階であれば手術で根治を目指すことが可能です。Ⅲ期の段階では手術だけでは難しく、抗がん剤や放射線治療、免疫療法などを組み合わせます。転移が進んでいるⅣ期では局所手術は行わず、化学療法や放射線療法による全身治療が行われています。
―手術では肺のどの部分を切除するのですか。
右肺は上葉、中葉、下葉という3つの部屋に分かれ、縦郭左側に心臓があるため幾分小さめの左肺は上葉、下葉という2つの部屋に分かれており、肺がんの切除手術が行われるようになった1960年ごろから、癌が発生している葉全体を切除する「葉切除」が標準手術として続けられてきました。癌の部分だけを小さく切除すると失われる肺機能は最小限に抑えられる一方、残った部分との境界辺りから癌が発生する危険があるためある程度の範囲で周りを切除する必要があり、機能を残すのか根治を目指すのかは患者さんの肺機能や体力などを考慮して胸部外科医に判断が委ねられてきました。3年ほど前から、小型の肺癌であれば区域ごとの切除で良いという考えが主流になってきました。左右5つの葉はそれぞれが幾つかの区域に分かれ、全18区域で肺が構成されており、2センチ以下でⅠ期のがんを対象に「区域切除」を取り入れています。例えば、3区域に分かれる右肺上葉で、条件に当てはまる癌であれば発症しているひとつの区域を切除して可能な限りの肺機能を残しながら根治を目指します。
―少し進行した癌でも手術ができるのですか。
術前治療を行うことで腫瘍を小さくしてから手術でとるという方法が盛んに行われるようになってきています。その理由のひとつには免疫療法の登場が挙げられます。癌細胞は攻撃をしてくる抗体から自身を守る盾のようなものを持っています。免疫療法でこの盾を取り除くと、患者さんご自身の免疫力によって癌をある程度小さくすることが可能です。免疫療法は主にⅣ期の患者さんで再発した方に限り保険集載されていましたが、昨年から、術前の患者さん対象の治療にも保険が適用されました。免疫療法を含む術前療法を行って、腫瘍を小さくしてから手術を行うことで、とる肺の範囲を少なくして肺機能を温存する手術方法も今後確立されることが予想されます。
―どの段階のどんな癌でも低侵襲の手術が行われているのですか。
神大病院では低侵襲手術が99パーセント、中でもロボット支援手術では全国有数の実績を持ちます。呼吸器外科手術に関しては保険適用になっている肺の悪性および良性腫瘍、胸郭腫瘍の手術においてロボット支援内視鏡手術が行われています。最近はロボットの縫合技術が向上しており、気管支や血管の形成手術が同時に必要なケースでもロボット支援下で可能になりました。
―神大病院では肺や縦郭の腫瘍の他にも、難しい手術が行われているのですか。
希少な疾患ですが自己免疫疾患を誘発する胸腺腫、胸壁にできる悪性肉腫、若い方で肺に穴が開く自然気胸、高齢の方に多い間質性肺炎や肺気腫によって肺に穴が開き高度な治療が必要な続発性気胸、肺炎の炎症が波及して胸腔に膿が溜まる膿胸などがあります。これらの手術も胸腔鏡手術が主ですから、呼吸器外科で開胸手術が行われるのは年間1%程度です。
―術後の回復が早いのですね。
回復力は明らかに違い、術後補助療法を受ける体力が温存できている患者さんの割合を比べると、開胸手術より低侵襲手術のほうが格段に高く、しかも多くの患者さんが完遂されます。
さらに低侵襲な「単孔式手術」も始まっています。胸腔鏡手術では切開部分は3~4カ所、ロボット支援下では5カ所必要で、そこからカメラや鉗子などの器具を入れ動かします。これを1カ所にまとめて傷をさらに小さくし、患者さんの負担を軽減しようというものです。
―治療には他科の先生方との協力・連携が必要ですね。
手術と化学療法、放射線療法、免疫療法を合わせた集学的医療が主流ですので、診断から術前・術後まで途切れることのない治療を患者さんに提供するにあたって、他科の先生方との協力は不可欠です。呼吸器内科・外科、放射線科、病理で集まる週1回の呼吸器カンファレンスで、患者さん一人一人に対する治療方針を話し合います。神大病院は伝統的に診療科間の風通しが良く、私たち医師にとって仕事がやりやすく、ひいてはそれが患者さんにとっての良い環境に繋がっていると思います。
―最後に、肺がんの予防法を教えてください。喫煙者はまず禁煙ですか。
禁煙は重要な予防法です。しかし最近は、主に喫煙による扁平上皮癌の患者さんは減少している一方で、非喫煙者、特に中高年女性の肺腺癌が増加しています。生活習慣が影響していると考えられますが、はっきりとした理由は分かっていません。早期の肺癌は自覚症状が出ないうえに、胸部レントゲンでは発見されないケースも多くあります。50歳を超えたころから1年1回は胸部CT検査を受けることをお勧めします。

田根先生にしつもん
Q.田根先生はなぜ医学の道を志されたのですか。
A.家族は代々教師だったのですがそろって医学部受験に失敗しており、その意志を継ぐつもりで子どものころから期待に応えようと頑張りました。
Q.外科を選択し、呼吸器外科を専門にされた理由は?
A.私は地図を片手にいろんな所へ行くのが好きで、それが手術にも通じるところがあると思います。術前にCTなどの画像を見て体の中の地図を頭の中に入れ、実際にシミュレーション通りに手術が進めば成功です。胸腔内を旅するというイメージでしょうか、達成感が得られ、やりがいに繋がります。外科の中でもなぜ呼吸器かといえば、心臓や肺は人間が生きていくうえでエンジンの働きをしています。心臓から直接血管が繋がっている肺の手術はリスクと隣り合わせで、外科医の腕次第というところに大きなやりがいを感じています。
Q.病院で患者さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.私自身が病院を受診するとき、お医者さんから掛けられる言葉が気になるタイプなので「患者さんがどんな気持ちになるだろうか?」と常に考えながら言葉を発するようにしています。客観的な事実を伝えることも必要ですので、できるだけ患者さんの立場になって伝えられるよう心掛けています。
Q.大学で学生さんを指導するにあたって心掛けておられることは?
A.外科にはたくさん入ってもらいたいとは思っていますので、一番大事なことは、外科手術の喜びを知ってもらうことです。そのために、できるだけ実際に手を動かしたり、シミュレーターでロボット操作をしてみたりして、自分でできる喜びを実感してもらえるよう常に考えて指導しています。
Q.ご自身の健康法やリフレッシュ法があれば教えてください。
A.地図を片手に旅はなかなかできなくなってしまいましたが、学会で各地を訪れるときは必ずランニンググッズを持参し、会場周辺を〝旅ラン〟してリフレッシュしています。












