1月号

神戸で始まって 神戸で終る 67「夫婦像シリーズ」誕生の話
昨年「未完の自画像―私への旅」展(GUCCI銀座ギャラリー)で
発表された新作の中に、夫婦の肖像画がありました。
夫婦像ってめずらしくないですか?そう聞いてみました。
一連の夫婦像を描く前に、自画像を描きました。画家は、自画像の一点や二点は大抵描いていますが、それぞれの理由があるのだろう。僕は今回、自画像を描いたけれど、最初から自画像を描く予定はなく、「何か不思議なもの」を描こうと思ったのです。不思議といえば超自然的なものがあるが、これじゃあ面白くない。自分にとって不思議なものを考えた時、「自分」という存在ほど不思議なものはない。だったら自画像を描こうと思って描き始めたが、過去にも何点も自画像を描いているので、逆にちっとも不思議なことではないんじゃないかと考えて、止めてしまいました。
自分という存在ほど不思議なものはないが、もっとわからない存在は、もしかしたら「妻」ではないかと思い始めました。結婚して69年になるが、未だにわからない存在です。そこで、わからない存在である自分と妻の夫婦像はどうだろうと考えてみました。
ところが、ふと気づいたことですが、夫婦像を描いた画家は誰もいません。世界中を調べてみれば、かつてはいたのだろうか。そんな疑問から、徹底的に調べてみたが、そんな絵は全く誰も描いていないのです。自画像や夫人像はあるが、夫婦が2人並んでいる絵はないのです。ということは、夫婦像はタブーということか? 芸術とはタブーに挑戦することだから、夫婦像をタブーと考えれば、こんな面白いモチーフはない。しかも誰もやったことがないことをやるのだから、モチーフとしていうことはない、決まった!
そんなわけで、僕の夫婦像シリーズが始まったのです。ちょうど、園遊会に招待された時、赤坂御苑で、夫婦で撮った写真があったので、その写真を資料にして描くことにしました。1枚描くと、またもう1枚と、夫婦像が反復されていきました。
この頃、右手が腱鞘炎で思うように筆が動いてくれないので、時には左手で描いたりしたのですが、筆先が踊ってしまって、思うような絵が描けませんでした。思うように描けないという現実的な条件。つまり身体的なハンディキャップが、今置かれている自分の身体的条件なら、ハンディを逆にこのまま利用しちゃえと一種の居直りで描くことにしました。
つまり、老齢の身体性を自然体と認識してしまえば、なんてことはない。思うような線が引けないことで、思いもよらない絵が描けないとも限りません。
もしかしたら、ハンディのために新境地が開けるかもしれない。と考えると、急に面白くなってきました。線は真っ直ぐに引けないのでぐにゃりと曲がり、色ははみ出してとんでもないところに絵の具が塗られたりして、まるで、子どものお遊び絵画みたいになっていくのを実感していました。
それにしても、なぜ画家は、誰ひとりとして夫婦像を描こうとしないのでしょう。キリストのイコンは、ある意味でタブーとされています。すると、夫婦像もイコンということになるのだろうか。このことは、西洋の宗教学者にでも聞かなければわかりません。
今回、世界初(笑)の夫婦像を描いても、ほかのモチーフの絵を描いている時と、別に変わったことも違和感もありませんでした。ただ単に、これまでの画家が夫婦像を描くということを思いつかなかっただけかもしれません。
この夫婦像は、昨年の夏、GUCCI銀座ギャラリーの展覧会で発表されましたが、この会場で、ある現象が起こりました。それは、夫婦像を観て「泣く」観賞者が、毎日のように出てきたということです。
「夫婦像を観て泣きました」と手紙をくれた人も、「泣きました」と話す知り合いの編集者もいました。展覧会の担当者から毎日のように「今日も泣いている人がいました」という報告を受けると、やっぱり、夫婦像はタブーなのかなという気もするのですが、この辺りのことは僕には全くわかりません。
今まで展覧会の作品を見て笑った人は何人もいますが、作品を見て泣く人が何人もいたというのは初めてです。
夫婦像を描かない理由は、わざわざ夫婦の姿を人前に晒すことはないだろう。恥ずかしい行為ではないか。また、夫婦でイチャイチャした姿を見せつけられても観る人間には面白くも嬉しくもない。単に不愉快だ。という理由を想定した画家が、描く必要のないモチーフだと判断した結果、ついに誰も描かなかった、描けなかったというのが結論かもしれませんね。
僕は夫婦像を描いたついでに、妻が若い頃に描いた数枚の絵があるのですが、その中の1枚を僕の絵の画面の中に取り込んで、コラージュのようにした作品を何点か追加しました。
いずれ、神戸の僕の美術館でも展示される機会があるかもしれません。その時、じっくり現物を見ていただいて、「泣くなり、笑うなり」してください。

赤坂御苑 2025年

椅子だらけの自画像 2025年

犬山へ行こう 2025年

出発 2025年
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

撮影:横浪 修
横尾忠則現代美術館(神戸市)では、2026年1月31日(土)より、
「大横尾辞苑 これであなたもヨコオ博士!?」展がはじまります!
横尾さんの人生を彩るエピソードや交友関係、精神世界を横尾用語で辿る、「辞書」仕立ての展覧会です。
横尾忠則 現代美術館












