2025年
9月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.58 映画監督
大友 啓史さん

カテゴリ:文化・芸術・音楽

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
 第58回は、NHK大河ドラマ『龍馬伝』や映画『るろうに剣心』シリーズなどで既存の映像の概念を覆し、新境地を切り拓いてきた大友啓史監督の登場です。重鎮監督が新作映画『宝島』で拓いた〝新たな地平〟とは…。

文・戸津井 康之
撮影・服部プロセス

何度も〝逆風〟を乗り越えて…
妥協無き映像が銀幕から放つ〝声なき声〟

苦難を乗り越えた大作

この映画は2018年に着想され、企画は2019年から進められていた。
「映画化の準備から公開まで6年かかってしまって…。映画監督として思い描いていた私の人生のシナリオも大きく変わりました」
大友監督はこう心情を吐露したが、決して嘆いてはいなかった。むしろ大仕事をやり遂げた充実感を漂わせ、ほっとした表情も浮かべていた。
安堵するのも無理はない。
新型コロナ禍などのあおりを受け、「撮影は2回、延期されています。本来なら2022年に公開されているはずでした」と明かす。頓挫を繰り返し、製作中止になっていてもおかしくない状況に置かれていたのだ。
邦画では稀な総製作費25億円という〝ビッグ・バジェット〟(膨大な製作費)をつぎ込んだ大作映画『宝島』が今月19日、全国の劇場で封切られ、遂にそのベールを脱ぐ。

《1952年。沖縄は米統治下にあった。米軍基地から物資を奪い、住民に分け与える〝戦果アギヤー〟と呼ばれる若者たちがいた。「いつかでっかい戦果を上げること」を夢見る幼馴染のグスク(妻夫木聡)にヤマコ(広瀬すず)、レイ(窪田正孝)。そしてリーダーのオン(永山瑛太)。戦果アギヤーが大勝負を賭けた基地襲撃の夜。オンは戻ってこなかった。〝英雄〟は忽然と姿を消した…》

原作の同名小説は2018年、第160回直木賞受賞作。原作者の真藤順丈は映画を見て、こんなメッセージを寄せている。
「この作品は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・オキナワ』だなと思った」と。
さらにメッセージはこう続く。
「昔々、沖縄で、たしかにこのように生き抜いた人々がいた。長尺の叙事詩はまぎれもなく日本映画の壮挙だ。あらゆる境界を超えてどれほど遠くまで旅ができるのか、今から楽しみでならない」

〝沖縄への思い〟が集結

「長尺の叙事詩」と真藤が呼ぶこの映画は全191分という〝超長尺〟だが、大友監督が明かした言葉に驚かされた。
「実は3時間でも長いとは思わない。最初は5時間で撮ろうと考えていたんですから」
その理由は明確だった。
「終戦後の沖縄の歴史を正確に描こうと思えば、それぐらいの長尺は必要なんです」
手本にしていた一本の映画がある。
イタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトリッチ監督の『1900年』(1976年)。幼馴染の親友2人の人生から、イタリア現代史を浮き彫りにしていく全316分の大作だ。
「『1900年』と同じ長さがほしい。許されるなら5時間かけたかった」と悔しさをにじませながら語るが、『るろうに剣心』シリーズは計5部作。合計11時間を超える長尺の叙事詩で、〝最後の侍〟の壮絶な人生から幕末日本の激動期を描き切っている。
同シリーズでタッグを組み〝殺陣の常識〟を変えた盟友のアクション監督、谷垣健治を取材した際に語った言葉が強く印象に残った。
「一緒に日本の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』(計6作で完結する中国のアクション大作)を撮らないか、と大友監督に言われ、即答で快諾しました」
今作を真藤は「ワンス・アポン・ナ・タイム・イン・オキナワ」だと言ったが?
大友監督は深くうなずきながら噛みしめるように語った。「もちろんそれを目指して撮りました」。この言葉通り、渾身の映像が〝オキナワ〟の戦後史を力強く活写する。
1970年12月20日未明。沖縄県コザ市(現在の沖縄市)で起きた「コザ暴動」を再現したシーンは圧巻だ。
その年の9月、糸満の路上で米兵が運転する車が日本人の主婦を轢死させる事故が発生。米兵の飲酒運転だったが、12月7日、軍法会議で米兵は証拠不十分で無罪となる。
飲酒にスピード違反という悪質な〝犯行〟が無罪放免。これを機に12月20日、沖縄市民の怒りが爆発する。数千人の市民が集まり、米軍関係車両を次々と襲撃し火を放つ。コザの街は火の海と化す…。
刑事となったグスクはこの現場で立ちすくむ。日本の法律が通じず、野放しの米兵に対し、刑事でありながら何もできない怒りが、その表情からあふれ出る。
真っ黒に日焼けし、無精ひげで荒くれたグスクを演じる妻夫木の怒りを放つ眼は鬼気迫り、〝演技で見せる〟という次元を遥かに超えていた。
「戦後ずっと沖縄県民が我慢し抑え込んでいた怒りを映像にしたかった。声なき声を映像にしなければならない…」。それが映画監督としての使命、責務だと撮影中、大友監督は自らを追い込んでいく。間近で接していた妻夫木は監督の思いを痛いほど理解していた。
「第二次世界大戦で戦場となった沖縄は、県民の4人に1人が命を落としています。今も在日米軍基地の7割が沖縄に集中する。それでも沖縄県民は我慢強くいつも優しい。だからこそ、この怒りを少しでも今の日本人に映画で伝えたかった」。その一心で大友監督が招集したキャスト、スタッフによる一切妥協を許さない撮影は続けられた。

声なき声を映像に

大友監督は岩手県盛岡市の出身。地元の高校を卒業後、上京し慶應義塾大学へ進学。大学卒業後、NHKに入局する。秋田放送局を振り出しに、ドラマの演出家として頭角を現し、福山雅治が坂本龍馬を演じた大河『龍馬伝』では、ハイビジョン撮影など最新技術を駆使した圧倒的な迫力ある映像でお茶の間を驚かせた。また、生き馬の目を抜く金融世界を描いたドラマ『ハゲタカ』では、前例のない長回しのカットを多用するなどドラマ制作の常識に風穴を開け、革新をもたらし続けてきた。
2011年にNHKを退職。フリーの映画監督に転身する。
佐藤健が幕末の孤高の侍を演じた『るろうに剣心』シリーズ、木村拓哉が織田信長、その妻、濃姫を綾瀬はるかが演じた話題作『レジェンド&バタフライ』など次々とヒット作を繰り出し、日本映画の可能性を広げてきた。
取材の冒頭、安堵の表情を浮かべた―と書いたが、これまで数々の傑作ドラマ、映画を手掛けてきた重鎮監督が自信を漲らせるように、「これまでとは明らかに違う映画が撮れたと思います」と手応えを口にした。
いつも冷静かつ温和な監督が、珍しく興奮気味に挑むように続けた言葉に、映像作りにおいて常に限界に挑んできた監督として今作に懸けた強い覚悟が伝わった。
「これまでは歴史上の人物たちを描くことが多く、彼ら彼女らは現代人は誰も見たことのない主人公たちでした。フィクションの要素が強かったんです。しかし、今回は私たちの生きる時代とつながっている沖縄の人たちの物語。私たちの知る等身大の人間です。嘘は、ひとつも描くことはできない…と」
撮影現場で自らをこう奮い立たせていたという。

逆風に負けない創作への熱意

「初任地のNHK秋田放送局で局長に言われた、こんな言葉が今も胸に残っています」
新人の大友に局長はこう言った。
「声なき声を伝えるのが私たちの仕事だ」と。
二度の撮影の延期。「その度に脚本を書き直した」と語るので、「最終稿まで何度書き直しましたか」と問うと、苦笑しながら「数え切れないですよ。撮影中も毎日、書き直していましたからね」と教えてくれた。
何度も困難に直面しながら、それでもあきらめなかったのは新人時代に胸に刻んだ「声なき声を伝えるのだ」という強い信念だった。
「逆風には強いんですよ」。そう不敵な笑みを浮かべるのには理由がある。
『るろうに剣心』シリーズの最終章の公開時。コロナ禍のあおりを受け、公開延期に追い込まれた。この辛い時期を振り返りながら「もうどんな逆境にも負けませんよ」と語る。
『レジェンド&バタフライ』公開前。主演の木村拓哉と全国の劇場をキャンペーンで回り舞台挨拶に立った。今作も妻夫木聡とともに長期間かけて全国の劇場を回っている。   
「〝声なき声〟を劇場の大スクリーンで感じてほしいですから」。それを届けるためなら自分の足でどこへでも駆けつける。
筆者はこれまで映画記者として国内外の監督を数多く取材してきたが、映画完成後にこんな地道な行脚を有言実行できる監督はそうはいない。
フリーの監督となって、来年、15年の節目を迎える重鎮監督は、逆風に抗いながら〝創作の魂〟をふつふつと燃えたぎらせていた。

刑事となったグスクを演じる妻夫木聡の表情は鬼気迫る

オン(中央=永山瑛太)はどこへ消えたのか?沖縄ロケの臨場感が画面からあふれだす



映画「宝島」(9月19日公開)より

映画「宝島」

監督: 大友啓史
原作: 真藤順丈『宝島』(講談社文庫)
出演: 妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太
配給: 東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
2025年9月19日(金)
OSシネマズミント神戸ほか、全国公開!
オフィシャルサイト

大友 啓史(KEISHI OTOMO)

1966年岩手県盛岡市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間L.A.に留学、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。 帰国後、連続テレビ小説『ちゅらさん』シリーズ、『ハゲタカ』『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』等の演出、映画『ハゲタカ』(09年)の監督を務める。
2011年NHK退局、株式会社大友啓史事務所を設立。ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結する。『るろうに剣心』(12)『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)が大ヒットを記録。『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『ミュージアム』(16)、『3月のライオン』二部作(17)、『億男』(18)などを手がける。2020年『影裏』、2021年『るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning』、2023年に東映創立70周年記念作品『THE LEGEND&BUTTERFLY』が劇場公開。最新作は、映画『宝島』(2025年9月19日公開)、NETFLIX映画『10DANCE』(2025年12月配信予定)。その他、自治体や企業、学校関係を対象に幅広く講演活動も行っている。

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