12月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.36 俳優 林 遣都さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
第37回は人気ドラマやヒット映画に話題の舞台などで大活躍。時代の寵児と呼べる実力派の若手俳優、林遣都さん。
文・戸津井 康之
役を引き寄せる気迫と努力…師に〝化け物〟と恐れさせた度胸
15年ぶりのタッグ
「まだ、俳優としてデビューしたての頃。演技論などについて教えてくれた監督にこう言われたことがあるんです。演じ方には二通りある。役に近づけるのか、役を引き寄せるのか。将来、君には役を引き寄せるような俳優になってほしい…と」
水泳の飛込み競技の選手を演じた15年前の映画「DIVE‼」の撮影現場でのことだった。まだ17歳。デビューしてわずか1年しか経っていなかった。
「役を引き寄せる俳優に?そんなことを言われても…と戸惑うばかりで。当時は、その言葉の意味が正直、よく理解できませんでした」と苦笑しながら打ち明けると、こう続けた。
「でも今なら、その言葉の意味が理解できるような気がします」と。
俳優として、それから15年のキャリアを積み重ねてきた。今月6日には33歳となる。まだ、少年の面影を残す優しい笑顔だが、その眼光は鋭く、奥深くには15年かけてさまざまな役をこなし、築きあげてきた俳優としての誇りと自信が漲っていた。
今月1日、新作の映画「隣人X―疑惑の彼女―」が全国で封切られた。
「役を引き寄せる俳優に…」。そう導いてくれた熊澤尚人監督と「DIVE‼」以来、実に15年ぶりにタッグを組んだ。
舞台は近未来。故郷を追われた惑星難民Ⅹを日本は受け入れる。だが、人間の姿をそのままコピーして人間社会に紛れ込んだⅩの正体は誰にも分からない。人々の不安が増大する中、週刊誌記者の笹憲太郎(林遣都)はⅩの正体を暴くスクープ記事をものにしようと、自分の正体を隠し、Ⅹの疑惑がかかる一人暮らしの女性、柏木良子(上野樹里)に近づく。だが、良子と一緒に時間を過ごす中、しだいに憲太郎の心の中に本当の恋心が芽生え始め…。
憲太郎は無精ひげをたくわえ、少し荒んだイメージだ。
「最初の出会いは高校生。きっとひげを生やした林遣都は格好いいはず…」
気の弱さをひげで隠し、スクープに野心を燃やす雑誌記者…。憲太郎役に林さんを抜擢した熊澤監督には、こんな目論見があったという。
「成長した姿を見せたかった」と語る林さんとの再会。「久々に会った林遣都は〝化け物〟のような俳優になっていた」と熊澤監督に言わしめた。
「僕は直接、その言葉を聞かされていないんですよ。共演した上野樹里さんから、監督が、そう言ってましたよ、と教えてくれたのですが」と少し照れた表情を浮かべた。
「食べること」よりも大事なこと
クランクイン(撮影開始)の前。
「初顔合わせの日でした。熊澤監督と上野樹里さんと僕との3人で撮影所の会議室に集まり、ホン読み(脚本のセリフを読み合わせること)をしました。その日は、ホン読み後、食事会が予定されていたのですが、上野さんが『このまま続けませんか?』と。実は僕も望むところでしたので、その日、夜までホン読みを続けました。予定していた食事会ですが、結局、その日はそのままみんな帰宅し、その後も、まだ一回も実現していないですね」と笑った。
名作とはこんな現場から生まれるのだろう。
今年7月から9月まで放送され、社会現象ともなった人気ドラマ「VIVANT」(TBS系)で、国際テロ組織のリーダー、ノゴーン・ベキを演じた役所広司の30年前。若き日のベキ=公安刑事、乃木卓を熱演し話題を集めた。また、取材のこの日(11月15日)は、北野武監督の若かりし頃のビートたけし役で主演する舞台「浅草キッド」の全国公演の真っ只中だった。
かつての教え子を、熊澤監督は〝化け物〟のような俳優になっていた…と評したが、この言葉は決して大げさではない。
役所広司と北野武の若い頃を続けて演じ分けられるような若手俳優は、そうはいないだろうから。
それでも本人はこう謙遜する。
「僕の演技について、いろいろな褒め言葉で評価してくれるのは光栄なんですが、僕は俳優として、決してそれを目指してきたつもりはないんです」
かつての自分がそうであったように―。
「僕が出演する映画やドラマ、舞台を見て、そこから生きる勇気や元気をもらった、明日も頑張ってみよう…。作品を見た人にそう思ってもらえるように僕は一つ一つの作品をより良くするために、そこで与えられた役を演じるだけ。忙しくて辛かったりしんどいなと感じるときでも、そう考えると頑張って芝居を続けることができるんです」
今作で初共演した上野さんは「性格は本当に誠実で真面目なのに、演技では不良性がある」と林さんを評し、「それが魅力だと思います」と分析していたが。
この上野さんの分析に対し、「僕は若い頃にデビューしたので、どうしても他の俳優と比べられたり、評価されることなどを意識せざるをえない環境にいました。また、俳優の入れ替わりの早さなど厳しい世界も見てきました。経験もまだ積んでいなかった。これを乗り越えるためには〝とにかく度胸をつけるしかない〟と考えたんです。この意識は、かなり早い頃に身につけることができたと思います」と説明し、「上野さんから見たら、そうやって培った度胸が不良性のように見えるのかもしれませんね」と冷静に分析してみせた。
変幻自在な演技の源
滋賀県で生まれ育ち、中学3年の修学旅行で訪れた東京・渋谷駅でスカウトされ、2005年に芸能界へ。
その2年後の2007年に映画「バッテリー」(滝田洋二郎監督)で中学野球部のエース投手役で主演デビューを飾り、日本アカデミー賞などで新人賞を総なめにした。翌2008年、熊澤監督の「DIVE ‼」で水泳飛込み競技の選手を、同年、「ラブファイト」(成島出監督)ではボクサーを、2009年の「風が強く吹いている」(大森寿美男監督)では駅伝のエースランナーを演じた。
10代でデビューした当時は、こんな運動神経抜群のヒーローを演じ続けてきたが、「僕はどちらかというと運動は苦手な方でした」と明かす。「でも、その苦手意識のおかげで、どの競技も一流の指導者をつけてもらい、猛特訓することができたんです。今の俳優としての身体能力の基礎がこの10代の経験でできたのだと思います」と振り返る。
この言葉を裏付けるような、こんな興味深い発言を上野さんが発している。
「リハーサルのとき、何もない部屋なのに情景が見えてくるような身体表現が凄い。ものすごく安心感があった」と。
かつて演じた爽やかなスポーツ少年像のイメージとは一転。新作映画では無精ひげをたくわえたワイルドな風貌ですねた目つきを浮かべる映画「隣人X~」での笹憲太郎。舞台「浅草キッド」では、世の中を斜めから見るような不良っぽい若き日のたけしを演じる。
〝化け物俳優〟や〝怪演〟、〝鬼気迫る演技〟などの表現を嫌うが、俳優としての著しい成長ぶりを真横でつぶさに見てきた監督や共演者たちは絶大なる信頼を寄せ、「次もまた一緒に仕事を」と次々とオファーの声をかける。
「VIVANT」で若き日のベキ=役所広司役に林さんを抜擢したのは、2021年のドラマ「ドラゴン桜」(第2シーズン)に出演した際、初めて一緒に仕事をした、「半沢直樹」シリーズの演出でも知られる重鎮、福澤克雄監督だった。
「役を引き寄せる…。今、その意味が分かりかけてきたと言いましたが、どんなに演じてみても本人の人間性は滲み出てくるものだと思います。だからこそ、読書をしたり、多くの人と接し、できるだけ多くの経験を積んで人として磨いていかなければならないものがある。人生の中でインプットしていく重要性を強く感じています」
舞台公演中に取材を受け、新作映画が公開される…。アウトプットの作業ばかりが、これでもか―と続く中で出てきた次の発言には脱帽するしかなかった。
「まだ『浅草キッド』の公演中なんですよ。なので今も、次の公演に向けて、たけしさんの本を読んで役作りについて考えています」
頂点により近づこうと、終わりの見えないゴールを目指す求道者のようだった。
林遣都(はやしけんと)
1990年生まれ。滋賀県出身。2007年映画『バッテリー』でデビュー。第31回日本アカデミー賞、他、新人賞受賞。その後、映画、ドラマ、舞台に数多く出演。近年は、舞台『友達』『セールスマンの死』『浅草キッド』、映画『犬部!』『護られなかった者たちへ』『恋する寄生虫』、ドラマ『初恋の悪魔』『VIVANT』『MALICE』などが話題に。