2026年
3月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol64 ■映画監督■ 
HIKARIさん

カテゴリ:文化・芸術・音楽

 新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
 第64回は大阪から渡米し映画監督となり、長編2作目にしてハリウッドスター、ブレンダン・フレイザーを主演に新作『レンタル・ファミリー』(全国で公開中)を撮ったHIKARI監督が登場。米国から凱旋帰国した、今、世界が注目する日本人監督に新作の製作秘話を聞いた。

文・戸津井 康之
撮影・鈴木 厚志

思い描いた夢を叶え…自力で掴んだ〝アメリカン・ドリーム〟はまだ始まったばかり

現場で培った確かな撮影技術

「映画監督としてここまで来るのに、正直、時間がかかりました。でも、これでようやく自分が撮りたい作品を撮ることができる環境が整った。そのスタート地点に立つことができたと思います」
日本で公開中の映画『レンタル・ファミリー』の脚本の構想をHIKARI監督が着想したのは、今から約6年前だったという。
「日本を舞台に世界普遍のテーマの映画を撮りたい」という一人の日本人監督の構想が、米映画界を動かした。米大手の映画製作・配給会社「サーチライト・ピクチャーズ」とタッグを組み、世界73カ国での公開を実現させたのだ。
冒頭のHIKARI監督の言葉は、日本人監督が米国に移住し、米国のメジャー映画界の中で世界規模の映画を製作することが、いかにハードルが高いことかを物語る。
「スチールカメラマンから撮影監督、数々のCMの演出もしてきました」と語るように何年もかけ現場で直に技術を身につけてきた。
テレビで誰もが見たことがある、あの大手自動車メーカーのCMもHIKARI監督が手掛けたことを知った。
構想から6年を費やし、HIKARI監督は遂に映画の本場・ハリウッドから世界へ挑む映画監督の切符を掴み取った。
『レンタル・ファミリー』で〝アメリカン・ドリーム〟を叶えたのだ。

オスカー俳優との出会い

約6年前に遡る。
「日本には〝レンタル家族産業〟が存在する。この事実を知り、調査を始めました。現在、日本には〝レンタルファミリー〟の様な人材派遣の会社が約300社もあるんですよ」
結婚式や葬式などに家族を装った〝俳優〟を派遣する「レンタル家族産業」は、1980年代から始まったという。
《日本のテレビCMで顔を知られるようになった米国人俳優、フィリップ(ブレンダン・フレイザー)は東京に移住して7年。日本での生活に居心地の良さを感じながらも、俳優として成功しているとはいえず、自分を失いかけていた。ある日、エージェントから連絡を受けるまま〝黒いスーツ姿〟で仕事の現場へ行く。そこは葬儀会場で、自分は弔問客の役で雇われたのだと気づく…》
東京在住の〝落ちぶれた米俳優〟の役を演じるのは米国の人気俳優、フレイザーだ。
世界で大ヒットしたハリウッドのアクション大作『ハムナプトラ』シリーズなどに主演してきたスター俳優である。
大作へのオファーが絶えない、このスターをどうやってキャスティングしたのか?
2022年に公開された一本の米大作が話題を集めた。
映画『ザ・ホエール』。フレイザーは体重275キロの〝巨漢〟を演じ、注目を集めた。
米国で公開前、同作を試写で見たHIKARI監督はこう直感したという。
「フィリップ役はブレンダン(フレイザー)しかいない」と。
連絡を取ると、フレイザーから「監督と直接会って話しがしたい」と丁寧な返事が来た。
「喫茶店で会ったのですが、気づいたら結局6時間も話し込んでいました」
どんな内容だったのかを聞くと、「この映画についての具体的な話ではなく、身の回りの話などでしたよ」と笑った。
HIKARI監督は、すぐにフレイザーの誠実さに魅了され、「彼こそが私が考えるフィリップだ」と主演を依頼。
フレイザーもHIKARI監督の映画に懸ける並々ならぬ情熱に惹かれ、オファーを承諾する。何よりも、HIKARI監督の人柄に魅了されたフレイザーは、その魅力を、こんな言葉で表現している。
「彼女は地球上の誰とでも話せる―。それが彼女の特殊能力だ」と。

違和感のない日米合作

シングルマザーからは、娘の入学試験の面接時の〝父親役〟を…。
痴呆症を患った、かつて一世を風靡した往年の名優の娘からは、父の話し相手となる〝記者役〟を…。
フィリップに依頼される〝レンタル・ファミリー〟の役はさまざまだ。
レンタル・ファミリー社のオーナー役には、真田広之がプロデューサーを務め、世界の賞レースを席捲した世界配信のドラマ『SHOGUN 将軍』で米エミー賞の助演男優賞にノミネートされた日本人俳優、平岳大を配役。
往年の名優役には日本映画界を代表するベテラン、柄本明が配役された。
米映画界では常識だが、ハリウッド映画では、日本の有名な実力派俳優であっても、ほぼ配役はオーディションで選ばれる。
「たとえ大ベテランの柄本明さんであっても?」と聞くと、「そうです。たとえ実績のある柄本さんであってもです」とHIKARI監督が笑顔を浮かべた。 
「今回、ブレンダン(フレイザー)には日本語のセリフを、柄本さんには英語のセリフを話してもらう必要がありました」
二人はそれぞれ指導役に付いてもらい会話を猛勉強し習得していったという
英語と日本語で互いの心を探り合うように展開するフレイザーと柄本の共演シーンは緊張感に包まれ〝日米名優対決〟を見るよう。
数々の名作で幅広い役を演じてきた二人だが、今作ではこれまで見せたことのないような表情を見せているのも興味深い。
フレイザーが、HIKARI監督のことを「地球上の誰とでも話せる」と評したように、柄本もその魅力に魅せられた一人だった。
ロンドンの映画祭にHIKARI監督は柄本とともに参加し、現地の観客と一緒に映画を鑑賞。上映後、スタンディングオベーションを浴びながら、柄本は隣のHIKARI監督に、「やったね!HIKARI監督」と声をかけ握手し、労をねぎらったという。
東京、鎌倉、島原、天草…。日本列島を縦断しながら、全編日本ロケを敢行した。
撮影期間は約3カ月。「これだけの日数を確保するのは日本映画では難しいかもしれませんが、米映画の製作システムならできる。いい映画を撮るためには譲れない条件です。ワンカット、ワンカット、納得のいく映像が撮れるまで粘って撮影できました」とHIKARI監督は強調した。
大都会・東京の摩天楼の煌びやかな夜景から、海と山に囲まれた雄大な島原、天草の大自然まで。外国人が見ても、日本人が見ても、「これが日本だ」と魅了させられる美しい情景描写は圧巻。これまで数多く製作されてきた日米合作で描かれた日本の描写とは一線を画している。
長年、日米両国で暮らし、それぞれの文化、慣習、風土、両国の人の心情の機微の違いまでを知り尽くしたHIKARI監督ならではの感性が違和感のない映像を紡いでいく。
フィリップが日本人独特のものの考え方や感情表現、日本社会の風習や常識などに戸惑いながらも〝レンタル・ファミリー〟から本物の家族のように人間関係を築いていく過程は自然で、見ていて違和感を感じさせない。
これまでの、日米合作の前に必ず立ちはだかっていた、この高いハードルをHIKARI監督は打ち破り、克服している。
「ハリウッドお馴染みの『異文化適応』という陳腐な手法を避け、レンタル家族事業を西洋の視点だけで描く物語にしたくなかった」。この日米両国の視点を備えたHIKARI監督の唯一無二の〝視座〟から映像に昇華させている。

まだ夢の途中

大阪市で生まれ育ち、高校二年生のときに米留学し、渡米を決意。創作活動に強い関心があったHIKARI監督は「一本の映画が完成するまでを学びたい」と南カリフォルニア大学大学院映画芸術学部に進学。短編映画で数々の映画賞を受賞し2020年、長編映画『37セカンズ』で商業映画の監督としてデビューした。
〝遅咲き〟だが、それだけに撮影現場で積み上げた実績、その腕は確か。2022年にはハリウッドの重鎮、マイケル・マンが総監督を務めた世界配信ドラマ『TOKYO VICE』やエミー賞などを総なめにした『BEEF/ビーフ』の複数話の監督を任された。
ビッグニュースを教えてくれた。
『レンタル・ファミリー』を見たトム・クルーズから連絡があり、感動のメッセージが送られてきた。「共にいい映画を撮り続けよう」と約束したという。
大阪での取材後。ドイツへ向かった。ベルリン国際映画祭の審査委員に指名されたのだ。
「目標に向かって努力を惜しまず、願っていれば、何歳であろうとも夢は必ず実現する。日本の人たちへそう伝えてほしい」
〝ハリウッドで掴んだ切符〟で世界へ挑む。

〝レンタルの父〟と娘が、家族の絆とは何か、を問いかける

すでに新作の構想も温めていた

日本の名優、柄本明(左)と〝オスカー俳優〟ブレンダン・フレイザーとの競演も大きな見どころだ

「夢は必ず叶う」とHIKARI監督は会心の笑みを浮かべた

『レンタル・ファミリー』(原題:Rental Family) 

監督・共同脚本・製作  HIKARI 
出演:ブレンダン・フレイザー、平岳大、山本真理、
柄本明、ゴーマン シャノン 眞陽、木村文 ほか   
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved. 
2月27日から全国で公開中。

HIKARI(ひかり)

監督、脚本、プロデューサー。  
大阪市出身。高校まで大阪市内で暮らし、高校三年生で渡米。南カルフォルニア大学大学院映画芸術学部で映画、テレビ制作について学ぶ。短編映画で数々の映画賞を受賞後、2020年、初の長編映画『37セカンド』で商業映画の監督としてデビュー。ハリウッドの重鎮、マイケル・マンが総監督を務めた世界配信のドラマ『TOKYO VICE』や、エミー賞を総なめにした「BEEF/ビーフ」の監督に抜擢されるなど日米映画界で活躍。新作『レンタル・ファミリー』が公開中。

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