1月号
新春インタビュー|医療費削減一辺倒では、 日本の医療は進歩しない|一般社団法人 兵庫県医師会 会長八田 昌樹さん
2025年は米の高騰をはじめさまざまな物品が値上がりして我々の生活を圧迫したが、病院や診療所にもその波が押し寄せる一方、診療報酬は抑えられ、その経営は苦しくなってきている。今回は主に医療機関の経営に関し、八田会長にお話しいただいた。
危機的な医療機関の経営
─2025年は医療機関の倒産が増え、上半期は過去最多となりました。どのような状況なのでしょうか。
八田 医療機関は診療報酬という公定価格で運営しており、勝手に値上げができないので、やはり人件費上昇や物価高の影響が大きいですね。医療は人的資源に頼る部分が大きく、経費に占める人件費の割合が高いので、人件費の動向が経営に大きな影響を与えます。一般的なことですけれど、全国平均の最低賃金を見てみると、2004年は665円、2014年は780円でしたが、2025年は1、121円になり、この20年間で70%弱、10年間で約44%も上昇しています。また、2025年の春闘の賃上げ率は5・26%、人事院勧告は3・62%とされているので、全就業者の約13%を占める医療・福祉従事者938万人の賃金アップへの対応は急務です。
─物価も上昇していますよね。
八田 2022年から2025年までの年間物価の上昇率は2.5%~3.2%程度になっており、もちろん医療材料、医療機器、光熱費、食料品など医療機関に不可欠な物品の価格も上昇していますので、経営努力だけでは追いつかないところまできています。
─病院の経営状況はいかがですか。
八田 *四病院団体協議会による2025年度の病院経営定期調査によれば、医業利益の赤字病院の割合について、2023年度では70.8%だったのが、2024年度には74.6%になっており、経常利益が赤字の病院の割合も2023年度の52・1%から2024年度は65・0%に悪化しています。病院経営の厳しさが浮き彫りになっていますね。実際に県内でも、2027年度に伊丹市立病院と公立学校共済組合近畿中央病院の統合が計画されていましたが、近畿中央病院が設備老朽化や財政的な理由でそれまでの間の経営が困難となり、2026年3月末で診療を休止する事態になっています。県立尼崎総合医療センターや県立はりま姫路総合医療センターでは8割超の高い稼働率でありながら、経営は赤字です。
*日本病院協会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会で構成される民間病院を中心とした業界団体の協議会。
─診療所はいかがですか。
八田 日本医師会が2025年に行った診療所の緊急経営調査によると、医療法人全体における医業利益の赤字割合は2023年度の31・3%から2024年度は45・2%、経常利益の赤字割合でも2023年度の24・6%から2024年度は39・2%に悪化しており、医業利益率、経常利益率ともに平均値も中央値も悪化しております。つまり、大変厳しい状況におかれているということです。
財務省が地域医療を破壊?
─今後の見通しはいかがですか。
八田 高市首相は所信表明演説で、医療界の危機に対して緊急支援を要すると表明し、診療報酬の改定前に補助金をということですが、それだけでは改善は難しいでしょうね。結局、医療機関の経営が立ちゆかなくなったのは人件費や物価高の影響のみではなく、財務省による医療費適正化計画で、ここ20~30年の間、医療費が抑制されてきた結果ですから。

出典/財務省財政制度等審議会における 「社会保障②」等の議論について。令和7年11月12日、公益社団法人日本医師会 定例記者会見資料より
https://www.med.or.jp/nichiionline/article/012473.html
出所/※1中小企業庁「中小企業実態基本調査(令和5年度決算確報)」(令和7年7月30日)*中小企業実態基本調査に医療機関は入っていない、※2 厚生労働省 第120回社会保障審議会医 療部会(令和7年10月27日)資料2-2「医療法人の経営状況(R7.8月末時点速報版)」、※3 財務省「年次別法人企業統計調査(令和6年度)」(令和7年9月1日)
─診療報酬が抑えられている状況の改善が必要ですね。
八田 やはり2026年度の診療報酬改定で大幅な引き上げがなければ、一時的な補助金が出たとしてもまたすぐに経営難に直面することになると思います。病院のみならず、医療機関全体の経営が非常に厳しくなってきていますが、経営であくせくするのではなく、県民、国民へ必要な時に適切な医療を提供することに専心できるように、財政面で十分な手当をしていただきたいですね。しかし、先日の11月5日に財政制度審議会では、2026年の診療報酬改定について財務省は、診療所は病院に比べ高い利益率を維持しているとし、病院を重点的に支援するために診療所報酬の適正化が必要だと主張しているのです。でも、先述の通り物価や人件費の上昇の他、コロナ禍以降の受診行動の変化の影響もあって診療所の経営も良好ではないのです。つまり、財務省は恣意的なデータを加工して、診療報酬適正化という「結論ありき」の議論へ誘導しているように見えます。診療所の医療費を削減してそれを病院に回す、要はどこかを削って按分するというやり口は、これまでの診療報酬改定でもよく行われてきた手法ですが、診療所と病院が両方あって、これらが車の両輪となることで地域医療が回っている訳です。診療所にも十分な手当がなければ、一軒また一軒と街の診療所が消えていき、地域医療にダメージを与え、結局困るのは県民、国民の皆さんになるのではないでしょうか。
弱者の負担が増える可能性
─一方で医療費の増大も大きな課題ですが、やはり高齢化の影響でしょうか。
八田 日本は世界に類を見ない超高齢社会です。年齢を重ねればそれだけ病気やけがのリスクは高まりますから、患者数は増え、その結果、医療費が増えますが、それは誰が考えても当たり前のことです。
─高齢化以外の背景はありますか。
八田 医療の高度化が挙げられます。中でも高額医薬品による薬剤料の伸びが大きく、高度な医療機器も開発されています。これらによりそれまで難しかったケースでも治療が可能になったり、患者さんの身体的負担が軽減されたりと、その恩恵は少なくありません。その一方で、高度な医療を行うほど人件費もかかり、高額な医療機器の導入やそのメンテナンス、更新も必要になってきます。そういった実情を、政府は机上の議論ではなく、現場を見て考えていただきたいと思います。医療費削減一辺倒では、日本の医療は進歩しません。
─医療費削減のために*OTC類似薬の保険適用除外が議論されていますが。
八田 *OTC類似薬が保険適用から外れた場合、市販薬は保険適用の薬の自己負担額よりも高いですから、患者さんの負担が重くなってくるでしょう。負担が重くなれば受診控えに繋がって医師の診察を受ける機会が減って早期発見・早期治療の機会が失われます。また、患者さんが自己診断して薬局で購入することになると、正しく服用されるとは限りませんし、特に高齢者や基礎疾患のある方は複数の薬を服用していることが多いので、副作用のリスクも高まるでしょう。他にも入院患者への対応など細かい問題もありますが、何よりも弱者に対する負担増に繋がりますので、OTC類似薬の保険適用除外については懸念しています。
*薬局やドラッグストアで処方箋なしで購入できる市販薬と有効成分が似ている医薬品。OTCとはOver The Counterの略。
予防でより健やかに
─高市政権は予防医療に力を入れようとしていますが、これに関してはいかがですか。
八田 予防することでどれだけ病気にならないかというのはなかなかデータに出てこないのでよく分からないところもありますけれど、予防医療は大事なことだと思います。エビデンスがある中で一番代表的な予防医療はワクチンです。例えば日本では麻しん・風しんワクチンの接種が進み、現在は麻しん・風しんの排除国に認定されています。一方で子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)は、副反応が大きく報道されたこともあり、安全性が確認された後も接種が進んでいません。ワクチンによる予防接種は市町が主体になっていますので、郡市区医師会が行政と連携して接種率を高めていってほしいですね。
─生活習慣病の予防についてはいかがでしょう。
八田 高血圧や高脂血症に薬を投与することも、一次予防と呼ばれる大きな疾病を引き起こさないための予防の一つです。一度脳梗塞や心筋梗塞を起こした人に二次的な生活習慣の改善を指導したり、薬を投与したりすることを二次予防と言います。このあたりも医師会として力を入れていきたいですね。郡市区医師会で健康講座や医療フォーラムを開催していますが、そこで運動や食生活など生活習慣の見直しを啓蒙していくことで、予防効果を高めてそこから県、全国へと健康づくりが広がって行けば予防医療が進みますし、その結果、平均寿命と健康寿命の差が縮まるようになればと思います。
女性医師が輝ける環境を
─2024年度の医学部入学者のうち4割が女性となり、今後女性医師の増加が見込まれます。医師会は女性医師へどのような対応や支援を行っていますか。
八田 女性医師は結婚や出産、育児で一度現場を離れると、復職しにくいというのが現状ですし、それが医師不足を引き起こす要因の一つにもなっています。そこで離職を減らして、復職しやすい環境づくりが重要ですので、県医師会は2008年に女性医師の会を設立し、男女共同参画推進委員会とともにさまざまな女性医師へのサポートを行っています。
─具体的にはどのような事業を行っていますか。
八田 教育現場では、医学生、研修医をサポートするための会を各大学で開催し、女性医師のキャリアについて学ぶ機会を設けています。12歳までの子どもを持つ勤務医にはベビーシッター費用の一部を負担し、学会や研修会開催時の託児サービスへの補助も行っています。復職支援については女性医師再就業支援という県の事業を受託して再研修を受けられるシステムを用意するとともに、ドクターバンクでも再就業を支援しています。また、医療従事者の育児参加に理解を示してワーク・ライフ・バランスに配慮する医療機関の経営者や管理職を部下からの推薦で表彰する「イクボス大賞」というユニークな取り組みも、2018年から実施中です。
─最後に、2026年の展望をお願いします。
八田 2025年度までの地域医療構想は病床の削減など病院のことが主でしたが、2027年度からの新たな地域医療構想は2040年に向けてより地域にフォーカスした内容になっています。県内には8つの二次医療圏があり、それぞれの医療圏へ定期的に訪問していますけれど、2026年はもう少し細かいところ、例えば播磨姫路医療圏でしたら姫路だけでなく西播磨の佐用町であるとか公的病院のない地域もありますので、できればそういう地域にも訪問して、現況を伺って、要望を兵庫県の行政とお話しして解決の一助になるようになればと思います。また、8つの県立病院をはじめ、公的病院も経営が難しい状況に追い込まれていますが、公的病院がコロナ禍の時にどれだけ活躍したかを忘れてはいけません。その状況の改善も含め、県医師会が医療現場と行政の橋渡し役になり、さまざまな課題の解決をこれまで以上に進めていきたいですね。


一般社団法人 兵庫県医師会 会長 八田 昌樹さん
1954年、兵庫県明石市生まれ。1973年、私立灘高等学校卒業後、1987年、近畿大学医学部大学院修了。2004年、八田クリニックを尼崎市にて開設。2020年、尼崎市医師会会長に就任。2022年、兵庫県医師会会長に就任。専門は外科・肛門科。医学博士。日本大腸肛門病学会専門医、指導医。












