10月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.47 神戸大学医学部附属病院 精神科神経科 大塚 郁夫先生に聞きました。
社会のニーズに応えて神大病院精神科神経科が力を入れている児童思春期・AYA世代のメンタルヘルスの取り組みについて、大塚郁夫先生にお話を伺いました。
―なぜ神大病院では専門外来開設に至ったのですか。
近年、こころに何らかの不調を抱えた子どもや若者が増え、サポートのニーズは高まっています。ところが、専門の病院やクリニックはまだまだ少なく、初診の予約をとるのに半年待ちということもあります。特に子どもや若者の場合は、半年の間に問題が深刻化・複雑化してしまうことも少なくありません。そこで神大病院では2023年4月、専門外来「児童思春期・AYA世代こころの総合診療センター」を開設しました。
―AYA世代とは?
Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとった言葉で、一般的に15歳から39歳までの方を指します。児童思春期の精神科専門診療が対象とする患者さんたちは、成人後に症状や悩みが続いていても「成人になった」ということで突然診療が終了してしまい、診療の行き場を失ってしまうことがよくあります。そこで私たちは、未成年の患者さんはもちろん、成人後も〝AYA世代の患者さん〟として、就学・就労・結婚・出産・子育てなど様々なライフイベントに直面して複雑なこころの問題を抱えやすい時期を継続的・包括的に支援できるよう、専門外来の対象世代を幅広く設定しています。
―どんな悩みを抱えた子どもや若者が受診するのですか。
メンタルヘルスの問題は社会文化的背景と連動します。最近はゲームやスマホの使いすぎを心配して来院されることも増えています。でも現代の若者は多かれ少なかれスマホを利用して過ごしていますよね。親御さんのほうが「我が子はスマホ依存になっている」と心配して連れて来られるケースもありますが、世代間の価値観やライフスタイルのギャップを考慮して診察を進めていくことも重要です。
―どこから介入が必要なのか、線引きが難しいですね。
以前であれば、家の固定電話で友達と長話をしたり、放課後に公園のベンチで雑談したりといった生活行動の一部が、現代ではスマホやSNSでの交流に置き変わっている部分はあるので、そこは差し引いて考える必要があります。一方で、スマホ内で課金をして年不相応の経済的な問題が生じていたり、夜の睡眠が妨げられて翌日に支障が出たりしている場合は、相談すべきレベルに達している可能性が高いと思います。
―その他にもどういった社会文化的な背景が影響して、若者においてどんな心の問題が起きているのですか。
市販薬の乱用が増えています。インターネットの普及で子どもたち自身が薬の情報にアクセスしやすくなったこと、ドラッグストアやオンラインで簡単に購入できるようになったことが大きいと思います。乱用の末、救急車で運ばれ、最悪の場合は命を落とすケースもあります。また、金銭等が絡んだ交際に付随するメンタルヘルスの問題も増えています。やはりネット・SNSの普及、そして経済格差の広がりが背景にあると思います。
本邦における子どもの全体数はこの数十年で大きく減っているにもかかわらず、近年、小中高生の自殺者数が過去最多の水準になっています。特にコロナ禍以降の増加が顕著です。国立成育医療研究センターの調査によると、小学校5年生〜高校1年生の子どものうち、およそ6人に1人が、「1週間に数日以上、死にたくなったり、自分を傷つけようと思う」と回答しています。想像以上に今の子どもたちは死や自傷を身近に感じながら生活している可能性があります。インターネット・SNSの普及により、他人の成功や幸福を強調した情報に日常的に触れる機会が増加し、相対的に利用者自身の自己肯定感が低下する傾向があるとされています。低下した自己肯定感を上げようと、いびつな方法で自己承認欲求を満たそうとしてしまうことにもつながります。SNSでの過度な性的自己表現などもその一つといえ、それがまた金銭等が絡んだ交際や性的搾取の契機となってしまうこともあります。
―精神科では治療が可能なのでしょうか。
心理検査等を実施し、支援者たちでお子さんの特性を理解した上で、環境調整や支援導入を行うことで、状況が好転するケースはあります。また例えば注意欠如・多動症(ADHD)には有効な治療薬が複数種類あり、相性をみながら内服を調整することで、お子さんの生活が楽になることもあります。精神科を受診して相談して悩みが解決、というわけにはいかないケースが多いのも事実ですが、まずは受診してもらって、お子さん、場合によっては親御さんにとって病院や関連の支援機関が、「いざというとき、どんな言いにくいことでも、相談しにいける場所」となることで、〝精神症状の悪化や自傷に至ってしまう前の時間稼ぎ〟につながることがあります。この時間稼ぎというのは重要で、特に子どもや若者は、あるとき親や友達との関係性が大きく変化したり、新たな出会いがあったりして、自然と現状が変わっていく機運が訪れることも多いからです。
―親は子どもをどのように見守ればいいのでしょうか。
子どもは自身の心の状態や悩みを把握・言語化することが難しく、そのため周りの親や友達、支援者ですら、子どもたちのこころのSOSをなかなかキャッチできないものです。そんな中で、ひとつわかりやすいサインが「睡眠状態」といわれています。幼少期の辛い体験の有無や、家庭や学校活動のストレス因子、スマホの使用時間などに比べても、「睡眠障害の有無」が思春期のメンタルヘルス不調の最大の予測因子となる、というデータが報告されています。睡眠の時間や質は、アプリやデバイスである程度客観的に記録することもできる時代です。お子さんがちゃんとした睡眠をとれているか、気にしてあげることはとても大事といえるでしょう。
―神戸大学精神科が中心になって進めておられる「子ども・若者の虐待・抑うつ・自殺ゼロ化社会」プロジェクトとは?
前述の自殺者数もそうなのですが、本邦における虐待事例の数も過去最悪の数値を更新し続けている状況です。私たちはこれまでの研究で、強いストレスや自殺リスクを抱えた子どもや若者の血液成分に、老化に似た変化がみられることを見出しました。それらの知見を軸に、より多くのデータを集めて解析し、苛烈なストレスに晒された子どもや若者のこころの危機的状態や回復過程を検知できる指標を確立しようとする試みです。その成果を自殺予防やケアの方法づくりにつなげることまでを目指しています。文部科学省のムーンショットという研究開発支援事業のサポートの下、当科教授の菱本明豊先生がプロジェクトの統括責任者、私が具体的な研究の推進者として、若手の教室員と一緒に取り組んでいます。多くの方に研究にご参加いただいており、有り難い限りで、大変励みになっています。

大塚先生にしつもん
Q.大塚先生がお医者さんになろうと思ったきっかけは?
A.子どものころから洋画を観るのが好きでした。ちょうど思春期のころに観た『グッド・ウィル・ハンティング』という映画で、ロビン・ウィリアムズという俳優が演じるキャラクターの雰囲気が好きで、「あんなふうに人の心に関わる仕事ができたらいいなあ」と思っていました。
Q.医学部には精神科医を目指して進まれたのですね。
A.そうですね。精神科医というのは、他の診療科以上に、患者さんとのちょっとした雑談を通じて、信頼関係を築いていくことが多いです。私の映画好き・音楽好きの感性がなにか役に立つのではないかなと感じていました。
Q.患者さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.駆け出しのころは、目の前の患者さんに対して、前のめりなくらいに話を聞いたりアドバイスをしたりと、「自分がよくしてみせる」という気持ちが先行しすぎていたように思います。その初心自体は、患者さんにとっては頼もしく感じられる場合もあるでしょうし、精神科医としては忘れてはならないものではあるのですが、いまは同時に、「目の前の患者さんをもし別の医師に急に引き継ぐことになっても、できるだけスムーズに引き継げるような診かたをしよう」と意識するようになりました。医者である限り、別の先生に患者さんの診療を引き継ぐ可能性は常にあります(実際に自身の海外留学の際にも経験)。私があまりに個性の強い診療をしてしまっていると、引き継ぎ時に後任医師も困りますし、なにより患者さんが動揺して、つらい思いをさせてしまうこともあります。こうした点について意識しながら、ほどよいバランスで診療できるとよいなと思っています。












