10月号
【KOBECCO特別インタビュー】
若手監督とのタッグで見せた〝新たな顔〟名バイプレーヤーが切り拓く新境地
〝若き才能〟からの出演依頼
5月、カンヌ国際映画祭で1本の日本映画が会場を沸かせた。
団塚唯我監督が、日本人監督史上最年少で同映画祭「監督週間」の出品作品に選出されたのが、『見はらし世代』だった。
当時、26歳の若い監督からの出演の依頼。共演する主演俳優も若手の黒崎煌代。監督の長編デビュー作となる脚本を手に取り、遠藤は素直にこう感じたという。
「久々に〝リアルな本格派〟の長編映画の依頼が来たな」と。
いつになく、自然とそう意識したことには理由がある。
売れっ子俳優として出演依頼は絶えない。今年も出演した映画5本が公開される。
そのうちの1本、映画『ベートーヴェン捏造』では古田新太演じるベートーヴェンの友人役を演じ、『劇場版 孤独のグルメ』では〝バイプレーヤー仲間〟である盟友、松重豊の監督兼主演作に俳優役で登場する。いずれも松竹、東宝配給の大作だが、エンターテインメント性が高く、コメディー要素の強い役を演じる機会が続いていたからだ。
『見はらし世代』でオファーされた役は、世界的に活躍するランドスケープデザイナー。街を設計し、都市をデザインするという職業だ。家庭では妻と娘、息子を持つ4人家族の父という役柄だった。
物語は、別荘での家族旅行に向かう途中のサービスエリアの場面から始まる。小学生の息子、蓮はサッカーボールのリフティングに夢中だ。初(遠藤憲一)の運転する車で別荘に着くが、初の態度は落ち着かない。東京の仕事先から、「大規模なコンペの最終選考に残った」と連絡が入ったのだ。初は妻、由美子(井川遥)に、「いまがすごく大切な時期。俺にとって大きな分岐点になると思う」と話すが、妻は「この三日間は家族に集中してと言ったのに」と不機嫌だ。そんな妻と二人の子供を別荘に残し、初は東京へ戻る…。
それから10年後。海外での仕事を終え、帰国した初は、東京・渋谷で、成長した蓮(黒崎煌代)と久々に再会するが…。
脚本を読み、この若い監督に遠藤は「強い興味を覚えた」と言う。
すぐに団塚監督が撮った短編映画『遠くへいきたいわ』を観て、新たな才能を確信し、「この監督の作品に出てみたい」と思った。
「画角、テンポなどすべてが斬新。これまで見たことのない映像に驚かされました」
数多くの映画に出演してきた〝日本俳優界の重鎮〟を、こう感心させたのだ。
〝かつてない映画〟の予感…
変貌を遂げる東京・渋谷駅前の桜が丘エリアをはじめとする近代都市の街並みのショット。初の着る洋服や、デザイン事務所のインテリア、愛用のヘルメットに大型バイク…。
街の風景描写、人物造形を含め、スクリーンに映し出されるすべてのショットがスタイリッシュに練り上げられ、「これまでの日本映画にはない、新たな才能との出会いを目の当たりにしました」と遠藤は強調する。
遠藤にこう言わしめたように、完成した映画は、カンヌの映画関係者をもうならせた。現地メディアが、「日本映画の未来は明るい」とコメントを寄せるほどに。
初が愛車のカワサキの大型バイクで夜の高速道路を疾走するシーンは印象的だ。
「脚本でこのバイクシーンを読み、撮影前に大型バイクの免許を取るため教習所に通いました」と遠藤は言う。
「中型バイクの免許は持っていましたが。撮影では自分で運転しようと思って」
監督やプロデューサーから言われてではなく、自分の意思でそう決めた。
「バイクのシーンは私が実際にハンドルを握っているんですよ」
なぜ、彼に多くの監督たちからオファーが殺到するのか? その理由の一端が氷塊した。
〝大都市のデザイン〟を手掛ける男が、人間関係の最小形態である〝家族の基礎〟をつくり損ねてしまう…。
この対比が、独創的な映像のなかから、鮮やかに浮き彫りにされていく。
カンヌ映画界での高い評価だけでなく、遠藤は「実は、日本の映画館で行われた試写会での反応にも〝これまでの映画との違い〟を感じています」と語った。「映画の奥深さを感じ取りたい。そんな観客の思いが、ひしひしと伝わってくる。映画のなかに込められた、より深い心の動きに迫りたい、という観客の欲求、真剣さを感じることができるんです」
最初に出演依頼を受けたときに胸に覚えた、「これまでの映画とは違う…。この監督に託してみよう」という遠藤の直感は間違ってはいなかった。
不変の〝名バイプレーヤー〟
俳優の一方、脚本家の顔も持つ。水谷豊主演の連続ドラマ『刑事貴族2』(1991~92年)で脚本を担当した。
「その後、しばらく書いていなかったのですが、8年ほど前から、また脚本を書いています」と話す。内容はホームドラマだと言う。
「家族の物語です。主演ではないのですが、父役で出演できれば」と構想を語る。
1話1時間。9話の長編ドラマ。「まだまだ、書き直す必要がありますが…」と語る表情には、執筆中の脚本への自信が伺えた。
悪役から優しい父役、クセのあるコミカルな役まで。〝多彩な顔〟を演じ分けられるのは、撮影現場でも脚本家の思考で考えているからに違いない。
「自分は決して器用な方ではない」と言う。だから、「映画もドラマもバラエティーも…。どんな仕事もできる限り準備をし、本番では全力で挑む。それは、これからも変わりません」と言葉に力を込めた。
ベテランと呼ばれる領域に入ったが、これまでと同じ。演技で一切手を抜くつもりはない…。鋭い眼光の奥に、演技を追究する謙虚さがにじみ出た。
文=戸津井 康之 撮影=黒川 勇人
俳優 遠藤 憲一さん
映画やドラマ、ナレーションに声優のほか、バラエティー番組やCMなどにも引っ張りだこの名バイプレーヤー。〝誰もがその顔を知る〟人気俳優、遠藤憲一が10月10日から全国で封切られる新作映画『見はらし世代』で〝これまで見せたことのない顔〟をスクリーンで披露する…。今年の仏・カンヌ国際映画祭で脚光を浴びた話題作の撮影現場の舞台裏を遠藤に聞いた。

遠藤 憲一(えんどう けんいち)
1961年生まれ。東京都出身。高校を退学後、劇団フジ、無名塾に所属。1983年、ドラマ「壬生の恋歌」でデビュー。風貌を生かした悪役としての認知度が高いが、幅広い演技力をもつ個性派俳優として、映画、ドラマ、CMなどに出演。
遠藤憲一 公式サイト

『見はらし世代』
監督・脚本:団塚唯我
出演:黒崎煌代 遠藤憲一
木竜麻生 菊池亜希子 中村蒼/井川遥
企画・製作:山上徹二郎
製作:本間憲 金子幸輔 長峰憲司
制作プロダクション・配給:シグロ
配給協力:インターフィルム、レプロエンタテインメント
2025年10月10日(金)、シネ・リーブル神戸ほか、全国公開!
©2025 シグロ / レプロエンタテインメント
映画「見はらし世代」公式HP












