9月号
6通のブルックリンからの手紙|大江千里|5通目|「その瞬間、音が自由になる」ジャズと僕の夏祭り
ジャズの面白さは即興でしょう。その場でお客さんとの間に起こるケミストリー。それを一緒に感じて作る瞬間の面白さだと思います。ソロには起承転結があって、まずヘッドと呼ぶ1コーラスと同じ流れの上にそれぞれの楽器が順番にソロをやっていきます。基本的に顔を見合わせて「俺がまずいくよ」「わかった」。そんな感じで誰かが始めます。他の楽器はソロをする人を支える役割に回ります。メロデイを歌う感じで始めるソロも、わざと間を作ったり、小節を跨いで早めに入ったり、このドキドキがジャズの醍醐味だと思います。お客さんはハラハラ「どうなるんだろう」と虎視眈々です。でも基本は元々演奏しているその曲のメロデイですから、そのリスペクトなしには成立しません。元の音楽への愛とリスペクト、それをみんなで分かち合い楽しむのがジャズの基本と言えると思います。
ただ、「これ知ってるよね?」とジャズ知識を出して相手に同意を求める風潮があります。
「これ、マイルス・デイビスのストレート・ノー・チェイサーでのレッドガーランドのソロの始まりだったりするけれど、知ってるかな?」「お、当たり前だろ。超クールだよな。ニヤニヤ」
そんなミュージシャン同士の会話も、お客さんの頷きのジャズの雰囲気が楽しい要因の一つです。
「8時だよ、全員集合」と言った途端に停電になった生放送を見た人同士の「ああ、知ってる知ってるあれ」「びっくりしたよねえ」的な共有の楽しさ。
僕はソロピアノをやることが多いのですけれど、ソロにも楽しさがあります。1人でその何役もを演じ分ける楽しさなんです。「お嬢さん、素敵ですね」「何よ、下心あるんでしょ?」「そりゃないっすよ。」「ふん、男はみんな狼よ」そんなコメデイみたいなやり取りもソロだからこそ当意即妙。
僕はベースやドラム、パーカッション、弦、ハープ、管楽器、効果音…雨や花火や蝉の声もやります。音楽って自分の中でメモリーが積み重なっていくでしょう?あの夏、この夏、今年の夏、それが時空を超えて楽しめる面白さ。2025年はそんなソロピアノのツアーをしました。
昔、ポップ時代に「納涼千里天国」という催しを夏にしてました。みんな浴衣を着て、下駄を履いて、うちわを持って参加するのです。僕の曲が盆踊りのようにアレンジされたり、実際に浴衣ガールズが舞台にたくさん登場したり、「祭」の楽しさ切なさを感じるイベントでした。
今年のソロの中で後半に、これを「ソロで」やったんですね。夏を感じる大江千里ポップスを少しジャズにアレンジして、でもダウンビートや4つ打ちは大切にして、一大夏祭りをやっちゃったんです。もしかしたら、この夏は横浜球場より武道館より盛り上がったかもしれない。きっとお客さんそれぞれの人生の「答え合わせ」ができたんじゃないかな。僕自身もそう、NYで益々ジャズを極めよう、そして人生の音楽を極めよう、そう心に誓える瞬間でした。また神戸にも帰ってきますからね。
大江 千里

ルネサンスクラシックス芦屋ルナ・ホール

大江千里トリオ 2025 1.14 tue. BLUE NOTE TOKYO 撮影:佐藤拓央

東京文化会館 撮影:フォトスタジオアライ 豊嶋良仁
大江千里 profile
1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。2008年、ジャズピアニストを目指し渡米、THE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICに入学。2012年、自身のレーベル「PND Records」を設立しデビュー。現在、アメリカ、南米、ヨーロッパでライブを行なっている。NYブルックリン在住。













