9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第168回
医療適正化という名の
医療費削減に翻弄される医療者たち
─医師は命と向き合う大変なお仕事ですよね。
川﨑 私はかつて救命センターに勤務していましたが、自身の労働時間など顧みず、命を救うために時間外の対応もしていました。その頃は心肺蘇生の患者が心拍を再開すれば、何事にも変えがたい喜びを感じていたように思います。ところが命を救う最前線の救急医から、人生の終焉に関わり一人ひとりの命に向き合っての毎日を過ごす地域の開業医となったいまは、命に対しての考え方が少しずつ変化しています。
─どのように変化したのですか。
川﨑 厚生労働省による終末期医療に対するガイドラインが平成19年に発表され、このガイドラインに沿ってリビング・ウィルや本人の意思確認、さらにACP(アドバンス・ケア・プランニング=人生会議)などが求められるようになり、私も日々、単純に「看取った」という言葉だけでは表現できないさまざまな終末期を経験し、家族の思い、ご本人の思いを叶えたいといつも考えるようになりました。
─患者さんの最期にどう寄り添うかが大切なのですね。
川﨑 一方でその環境が不足していると感じます。終末期医療に対するガイドラインでは、患者さんのリビング・ウィルや本人の意思確認、ACPというのは非常に繊細なので充分な話し合いをしなさいとなっているんです。しかし昨今は必要な薬の欠品、診療所の施設基準を得るための研修会への参加、加算を得るための診療所の統計データの提出が求められ、患者さんと向き合う時間が削られているという現実があります。このように厚生労働省は開業医にさまざまなタスクを課しておきながら、一方でじっくり時間を取って患者さんと向き合いなさいと矛盾することを言っているんですよ。
─多忙すぎて、逆に開業医の命の方が心配になります。
川﨑 実は、開業医の寿命が平均より低いというデータがあるんです。岐阜県保険医協会が実施した調査では、開業医の死亡平均年齢は70.8歳ということです。日本人の平均寿命が男性81歳、女性87歳で人生100年時代といわれているのに、医師の開業医は10年ほど短命なんですよ。世代別の死亡割合を比べても、日本人全体は80代の割合が高いのに対し、開業医は60歳代の割合が34%と高いのです(図1)。

図1)年齢別死亡数 右:開業医 左:日本人全体
出典)左:岐阜県保険医協会(2008~2017) 右:総務省統計局人口統計(2016)
─その理由は何でしょうか。
川﨑 調査をおこなった岐阜県保険医協会現在監事の浅井徳光氏は「長生きできない背景には勤務医時代からの過酷な労働がある」と指摘し、「開業医の働き方改革も急務」と訴えています。
─常日頃の疲労だけでなく、若い頃の無理もたたっているのかもしれませんね。先生のご経験はいかがでしたか。
川﨑 とにかく研修医の給料は不安定で非常に安かったですね。当直、つまり休日や早朝深夜といった診療時間外の対応も多く、ひと月に23日宿直したこともあります。残念ながら若い先生の話を聞くと、当直の報酬は30年ほど全く変化がないようです。でも振り返ると、いろいろな経験を積む機会になったのではないかなと感じています。大病院で経験する手術や複雑な全身管理も重要ですしね。
─開業後はいかがですか。
川﨑 最初は目の前のことに対応することで精一杯でしたが、地域医療に貢献しようとがむしゃらに仕事をしていたら、5~6年後にやっとゆとりが出てきました。ところがこのままモチベーションのある開業医生活が続くのかなと思っていたところ、2024年の診療報酬改定によって同じことをしていてもマイナスになってしまったのです。例えば月2回で計450点あった「特定疾患指導管理」が月1回計333点の「生活習慣病Ⅱ」に改定され、26%減となっています。
─つまり、医療費削減の影響が開業医に及んでいるのですね。
川﨑 医療費は社会保障費の約3分の1を占めますが、そもそも社会保障費は増えているのでしょうか。(図2)をご覧ください。社会保障費の金額=棒グラフだけを見ると増えているように思われますが、これは日本全体の経済規模、人口が増えていけば、自ずと増えるものです。一方の対GDP比=折れ線グラフでは、ほとんど上昇がみられません。そして驚くことに、医療費に関しては高齢化が進行する中でも横ばいなんです(図3)。

図2)社会保障費の推移
出典)厚生労働省のデータをもとに作成

図3)わが国の医療費と高齢化率の推移
出典)厚生労働省・総務省のデータをもとに作成
─この状況が「適正化」なのかわかりませんが、地域医療を守る開業医の負担は増えるばかりですね。
川﨑 診療所のほとんどが一人医師である中、診療のほか日々の薬の欠品出荷調整、検査薬の出荷調整、診療報酬改定に関する情報の患者さんへの説明、複雑になってゆく診療報酬加算への対応、レセプト対応などを常日頃おこなっていますが、ほかにも地域医療の担い手として休日夜間診療当番への出務、地域医療のゲートキーパー、地域包括医療体制のコンダクター的役割、地域連携のコアとしての役割、介護認定審査や行政の会議への出席などの医師会活動、学校健診ほか、現在もさまざまな業務を一人で抱えています。それらに加えて今後、各種先進医療の導入や専門性の深化による高度化への対応、開業医にも求められる24時間常時対応、医師に幅広い対応能力を求める地域包括医療への対応など要求が増えていく一方で、働き方改革の導入も課題になっていきます。
─解決策はあるのでしょうか。
川﨑 一人では限界があるので仕事を分担するべく主治医複数制なども必要になり、そのためにも医療機関の法人化を推進して効率化を目指すことになるでしょう。それにより複数医師の配置が現実的になり、事務職員の確保ができれば医療改定や施設基準に向けての統計データへの対応が可能になって、医師の高齢化による閉院も減るかもしれません。地域の医療体制も守られるでしょう。しかしその実現には課題も多く、命の最前線で向き合っている自分としては効率化だけで患者さんと向き合うことはできそうにないので、しばらくは己の命を削ってでも膨大なタスクをこなしていくしかないのかなと思います。













