PROFILE 多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。す。理想的な計算ではよくやる手法で、これを「質点」などと呼びます。みなさんが中学校で物理学の問題を解いたときには、物体の大きさを考えないことが多かったと思います。シュヴァルツシルトがアインシュタイン方程式を解いたときも、まずそれで計算してみたのです。今回も彼に倣って、同じように地球の質量が一点に集中していると考えてみましょう。そして、実際には地球の内部に相当するような、地球の中心にもっと近いところでの、脱出速度を考えてみましょう。現実の世界では地球の質量は一点に集まっているわけではなく、地球全体でこの重力をつくり出しているわけなので、「地球内部の脱出速度」なるものは意味がないわけですが、ここではあくまでも計算上の話です。これで計算していくと、ある場所でおかしなことが起こることがわかります。それは、地球の中心から八・九ミリメーターのところで、この脱出速度が光の速度を超えるのです。光の速度というのは、これまでもお話ししているように、「絶対に超えられない速度」です。ですから、これより内側では、そもそもこの脱出速度なる概念が存在し得ないことになります。言い換えれば、この内側からは、光でさえも脱出できず、もしそんなものを外側から見ることができれば、それは真っ暗な穴のように見えることでしょう。さて、今回の前半の話と、後半の話が、ここでつながります。この、地球の質量で考えると八・九ミリメーター、ほかのどんな質量に対してもある値が計算できるこの「脱出速度が光の速度になってしまうところ」が、シュヴァルツシルトが発見した「ある半径」だったのです。これを、のちの物理学者たちは「シュヴァルツシルト半径」と呼びました。また、その半径より内側では何が起こっているのか確かめることができないことから、この半径の境界を、「事象の地平線」と呼びました。そして、米国の物理学者のジョン=アーチボルト=ウィーラーは、一九六七年に開かれた会議で耳にした、誰かが言った言葉を採用し、このシュヴァルツシルトの特異解をこう呼ぶことにしました。「ブラックホール」と。58
元のページ ../index.html#58