戸幕府の世になって内陸に移封されてからは、すっかり船とは縁が切れている》「だが、たとえ〝三田に移封〟されても理有たち海賊の末裔の思いを内陸に留めておくことはできなかったのです」日本の歴史の大きなうねりの中で、いつまでも陸地にへばりついていていいのか―と理有たち三田で生まれた者たちが動き出す。理有たちを突き動かした、この心の奥底から沸き起こる叫びは、近年、戦争が絶えない国際社会の中で萎縮する現代日本人を鼓舞するかのように、玉岡さんの力強いメッセージとして胸に響いてくる。理有は、師のように慕う三田藩藩校の儒官を町で見つけると、黒船の噂について聞く。この儒官とは藩校「造士館」で教鞭をとっていた白洲退蔵。第二次世界大戦後の連合国軍占領下、吉田茂首相の〝懐刀〟として交渉に臨み、GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれた白洲次郎の祖父である。「次の長編の主人公は女性です」と新作の構想を教えてくれた《嘉永六年、春。日本近海では外国の船が頻繁に出没し、長く続いた鎖国体制を脅かしていた。むろん、内陸にある摂せっしゅうさんだ州三田では、その波音ははるかに遠い》アメリカ合衆国海軍東インド艦隊提督、ペリー率いる「黒船」来航の噂を理有は三田で聞きつける。《ここ三田藩の九鬼氏は、戦国の世では水軍を率いて華々しく戦った大名だった。だが江「白洲次郎も、実業家だった父、文平も、祖父の退蔵も代々三田の出身者です」龍鉄から理有へ。退蔵から次郎へ…。三田藩から輩出された末裔が代々、内陸ではなく常に海から世界を見据えていた―ことを、玉岡さんは彼らが歴史に刻んだ行動を辿りながら小説の中で浮き彫りにしていく。日本の行く末が心配な理有は退蔵に聞く。《それで、……先生、日本はどうなるのですか。戦になれば簡単にやられちまって、清国みたいに外国の奴隷にならないといけないんでしょうか」》退蔵は理有にこう返す。《「そうだな。日本がどうなるか、行って、見てくるしかない。考えるのはそれからじゃ」》そう言った後、退蔵は理有に頼み事をする。《「京祐には無理難題をたのむわけではない。百姓の衣装を用意してほしいのだ」何のために? 師はそれ以上言わないが、百姓に身をやつして三田を出て、め・り・け・ん・の船23
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