KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年11月号
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今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯  「こきこきこきと」 一期一会であった。 俳人の木割大雄さんである。 神戸新聞に写真入りの訃報が出て、「ああ」と声が出た。 初めてお会いしたのは三年半ほど前。 時実新子さんと長く親交のあった柳人の中野文擴さんに伴われて「書斎・輪」にやって来られたのだった。その時に句集『俺』を頂戴している。その場でサインをしてくださり、個性的な字で句が添えてある。生きるとは 靴を履くこと 初景色 訃報記事にはこうある。《西宮市出身。前衛俳句の赤尾兜子に師事。スポーツ新聞でのタイガース俳句連載、ラジオ出演などで活躍したほか、兵庫県内外の小中学校で俳句を教える活動に尽力。落語や音楽、琉球舞踊、俳句列車など多彩なイベントを企画し「下町のプロデューサー」と呼ばれた。(後略)》 わたしがお会いした時の印象も、すこぶる好奇心の旺盛な人だと感じた。「書斎・輪」の棚の本にも興味の目を向け、ある本を手に取り、「これは珍しい本だ」と唸りながら読みふけっておられた姿が忘れられない。その時、なるほどただの人ではないなと感じたのだった。 それならば、と思ってお見せしたのが、わたしが秘蔵する文人の書簡である。この人なら価値がわかるに違いないと思ったのだ。 昭和を代表するような文人たちの直筆書簡、約百通。 堀口大学、大佛次郎、三島由紀夫、江戸川乱歩、志賀直哉、横溝正史、西條八十、井伏鱒二、高浜虚子など、文学好きなら誰でも知る文人の書簡。 驚嘆の面持ちで見ておられたが、中の一枚に目を留め、「これ、戴けないか?」とおっしゃった。 「わたしの友人にこの文人に教えを受けたかなんかで、非常に尊敬してるのがいるので、その人に持たせてやりたい」と。 それはわたしにとっても大切なもの、しばらく逡巡したが、それほどまでに請われるのならと差し上げた。 それは秋元不死男という俳人のハガキ。 消印は昭和三十年。神奈川県横浜市からの発信。すでにむかし色に変色している。 秋元不死男は、教科書にも載るような俳人である。 そのハガキ、差し上げるにあたってわたしはコ126104

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